2020年秋号
輝け! 京大スピリット
2019年度京都大学たちばな賞受賞
永田理奈さん(大学院生命科学研究科 博士後期課程3回生)
科学がどれだけ進歩しても、生命を維持する生体内の仕組みには謎が多い。「細胞競合」もその一つ。生体内で生まれた不良細胞を正常細胞が除去する現象で、組織の恒常性の維持やがんの抑制に重要な役割を担うと考えられている。現象そのものは40年以上前に発見されたが、メカニズムはほとんど分かっていなかった。それを明らかにしたのが永田理奈さんと井垣達吏教授らの研究グループだ。
華やかな成果の影には迷走の日々があった。ショウジョウバエの遺伝子の機能を一つひとつ解析し、細胞競合に作用する遺伝子を探し出す。ショウジョウバエを扱うのも、スクリーニングと呼ばれるこの手法を一人で実践するのも永田さんには初めてのこと。「目の前の作業をひたすらこなすものの、実験のどの段階にいるのかさえ掴めない状態が半年以上続きました。膨大な数の遺伝子を前にこのまま解析し続けてよいものかと不安でした。結果は運にも左右されます。早い段階でヒントとなるデータを得られたのが救いでした」。地道に解析を続けた努力が幸運を引き寄せた。
一方で、研究は修士課程までと決めていた永田さん。内定先が決まり進路が具体的になるのと並行して、スクリーニングでの地道な努力が実を結び始めた。就職活動中にもくすぶっていた「研究を続けたい」という気持ちを見て見ぬふりはできなくなった。「でも、辞退したら内定先に申し訳ない。就職すれば両親も喜ぶだろうし将来も安定する、そう自分に言い聞かせていました」。迷いを吹っ切ったのは、「全面的に支援する」という井垣先生と垣塚彰研究科長の後押し。「それまで押し殺していた自分の気持ちに素直に向き合えました」。博士課程に進むと決めたのは卒業間近の2月。「人に言えた話ではないですね」。当時を振り返って笑う表情は底抜けに明るい。
「細胞競合のメカニズムをヒトに応用できるのかはまだ分かりません。誰かの役に立てているのだろうかと考えることもあります。でも、今では定説とされる現象も数百年前は未知のものでした。基礎研究はずっと先の未来に必ず役立つ。そういうものだと信じています」。遥か未来を見据えた使命感は、研究者としての確かな成長を物語る。アカデミックの世界に進む決意ができたのは、純粋に研究がおもしろいという気持ちがあったから。「実験のたびに予想外の発見に出会える。この醍醐味があるからこそ、この先も研究を続けていたい。目に見えて社会に還元できる研究にも惹かれます。次のテーマを決めなければならない時期ですが、また迷っています」。探究することへの揺るぎない熱意を羅針盤に、研究人生は始まったばかりだ。