2020年春号
輝け! 京大スピリット
ガオ・ジエ(Gao Jie)さん(理学研究科 博士後期課程3回生)
三角関係がドラマの展開をおもしろくするように、人間の社会は複雑、ゆえに味わい深いこともある。一方、チンパンジーどうしの関係は直線的だ。群れの中での順位が明確な社会に生きるチンパンジーは、じゃんけんのグー、チョキ、パーのような循環的な関係を理解できるのか。認知研究の分野で、前例のないテーマに挑んだのがガオ・ジエさんだ。
霊長類研究所の7人のチンパンジーにタッチパネルでグー、チョキ、パーの手の画像を見せて、たとえば、パーとチョキの画像のうちチョキを選べば正解。この課題を300問与えて、じゃんけんのルールを学習させる。習得できたと判断する正解率を90パーセントに設定した。「実験を始めた当初は正解率が50~60パーセント。たまに70パーセントが出るくらい」。冷静に説明するガオさんは、思わず苦笑い。「どんな結果が出るのか、出るならいつなのかわからなくて、このまま実験を続けるべきか迷いました」。
背中を押してくれたのは、研究所の先生たちだった。「止めずにこのまま続けてみよう」。この言葉を信じて我慢づよく続けると、正解率は少しずつ上向きに。「この変化を見て、やっと手ごたえを感じました」。7人のうち5人が基準を達成。ここまでたどり着くのに1年以上かかった。人間の子どもでも実験して、4歳児と同じくらいに循環関係を理解できることを証明した。
チンパンジーを観察していると、思いがけない発見があった。チンパンジーの手の画像ならグー、チョキ、パーを認識できるが、人間の手の画像では反応できない。私たちはチンパンジーの手を自分の体に置き換えてその動きをまねることができる。チンパンジーと人間とでは、身体の認識のしかたが異なるのではないか。そんな素朴な問いから、「チンパンジーは身体をどのように知覚するのか」という新たなテーマが生まれた。
認知という目に見えない世界に果敢に挑むガオさん。研究を続ける理由を尋ねると、ひとこと「〈なぜ〉を知りたいから」。シンプルなだけに説得力がある。「精神や知性の謎を追究することが好きなのです。実用的ではない分野ですけどね(笑)」。チンパンジーと人間とを比較すると、私たちの「身体を知覚する」という能力の進化の過程を明らかにできると期待している。
「いつかは家族のいる中国に帰って研究を続けたいです。中国の霊長類研究は、生態や行動に関するものがほとんどで、認知の研究は発展途上。私がもっと進展させたい」。ガオさんをつきうごかすのは純粋な探究心と霊長類への好奇心。研究所のチンパンジーたちとともに、宇宙のように果てしなく拡がる認知の謎を解き明かしてくれるに違いない。