2019年秋号
輝け! 京大スピリット
村津 蘭さん
アジア・アフリカ地域研究研究科博士一貫課程5回生
鮮やかなピンクの衣装に身を包み、リズムをとりながら体を揺らす女性たちが画面に映しだされる。蛇の神が憑依し、神となり踊る女性たちの輪に、人びとは足を踏み入れてはいけない。ところが、一人の青年が輪に加わり、踊り始めた。──村津蘭さんが監督をつとめるドキュメンタリー映画『トホス tɔxɔsu』のワン・シーンだ。「輪に入った男性は、日本でいうと知的障害者にあたるような人で、村人にからかわれる姿をたびたび目にしていました。でも、儀式では、神である女性たちに敬われている。彼はどういう存在なのだろうかと」。
村津さんの研究フィールドは、西アフリカのベナン共和国。『トホス』で描かれたヴォドゥンをはじめ、在来宗教の信仰が人びとの間に根づくこの国で、民族の暮らしやあり方を調査する。
学部生時代にはユーラシア大陸を横断するなど、他文化への好奇心は途切れなかったという村津さん。日本企業で働いた後、7年前に青年海外協力隊として派遣されたのがベナンだった。「文化が違うと想像力のかたちも変わります。ベナンの人びとのゆたかな想像力と向きあいたくなりました。日常生活のすみずみまで宗教が浸透しているベナンをもっと知りたくて、研究者の道を選びました」。
人類学研究の基礎は、民族の生活様式や習慣などを詳しく観察し、文字で記録する「民族誌」。「映像は、民族誌の新しい形です。ビデオカメラを片手に話を聞き、村の姿を記録します」。調査を重ねるうち、ヴォドゥン信仰の神トホスは人間の姿で生まれることがあること、特に身体や知的な障害を持って生まれた子どもがトホス神とされることがわかってきた。監督作の『トホス』は、「東京ドキュメンタリー映画祭2018」で奨励賞を受賞。信仰とともに生きる人びとの姿と、村の空気を伝えている。
「現地の人びとの現実に鑑賞者が入りこめる作品を生み出したい」。村津さんは、「民族誌」の範囲を拡張させ、現地の方と合作した小説や、インスタレーション展示など、多様な手法で「現実」の表現を試みている。「現実とは、環境や周囲のものから受け取る感覚を起点に、私たちのまわりに立ち上がってくるもの。現地の人びとの生きる実感が作品を通して〈伝染〉する媒体を作りたい」。
ベナンに滞在中の村津さんにIP電話で取材した。通信状況が悪く、映像は届かなかったが、「人類学でできることを追究したい」という声が今も耳に残る。レンズごしにベナンの人びとを見つめるまなざしを想起させるに充分な強さを秘めていた。