2019年春号
施設探訪
1943年に設立された京都大学木材研究所を前身とする材鑑調査室には、飛鳥時代から現代に至るまで、多種多様な建築古材や2万点を超える木材標本が所蔵されている。「木材はビックデータ! 私たちの歴史や文化はもちろん、地域性や年代、当時の気候までも、この木片からわかるんです」。室内を温かく包みこむオレンジの照明の中、杉山淳司教授と反町始さんの案内で木材に秘められた情報を調査した。
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材鑑調査室の特筆すべき特徴は、飛鳥時代の法隆寺や江戸時代の二条城など、各時代を代表する建築物の部古材の収蔵。約500点におよぶ古材の多くは、木材の劣化研究の第一人者である故小原二郎先生(千葉大学名誉教授)からの寄贈。戦前から戦後にかけて、日本各地の寺院で実施された解体修理の際に譲り受けたという。
文化財の補修には同じ樹種を使うことが原則。樹種の特定は、保存・継承に役立つことはもちろん、創建時の時代背景を理解することにもつながる。
断面を切り出して光学顕微鏡で組織を確認する方法が一般的であるが、現在はX線CTなどを用いて、貴重な文化財を傷つけることなく、非破壊で樹種を識別することもできる。
興福寺や博物館に協力して国宝・阿修羅像の心木の調査にも参加しています。CT画像に映った木目を人工知能に判定させ、樹種を特定するという新しい技術です。
老化のメカニズムがわかれば、文化財の修復時期の目安にできますし、修復に使用する木材の選定に活用できます。
木材は湿度が高いと水分を吸収して膨らみ、乾燥すると逆に放出して縮む。その働きが活発な若い木材を古い木製品の修理にはめ込むと、古材を破壊することがある。そこで熱処理を施して老化させた人工的な古材を作って利用する。
樹木の多くは春から秋にかけて成長し、幹が太くなる。その痕跡が年輪。近年注目されているのが、年輪に含まれる炭素や酸素、水素から当時の気候を推定する方法。元素には、時間が経つと他の核種に変化するものと、そうでない安定なものとがある。安定な元素は、変化することなく年輪の中に残る。湿度と相関のある重い酸素の量を測れば、その年の降雨量を推定できる。
雨の少ない時期と飢饉の時期とが合致するなど、データと歴史上の出来事とを照らしあわせると新たな側面が見えてきます。分析技術が進歩すれば、さらに多くのことがわかるかも。貴重な手がかりがつまった〈もの〉を次世代につなぐことも私たちの責務です。
奈良文化財研究所の調査で伐採年が推定され、法隆寺の再建・非再建論争に新たな知見を与えました。しかも、この年輪には弥生時代や古墳時代の日本列島の姿を知る手がかりがつまっています。まるでタイムカプセルですね。
祇園祭の山鉾の車輪や2013年に解体された京都大学音楽集会堂の建物部材なども保管しています。たくさんの情報を残せるよう、引き取ってきたままの形で保存します。
私の研究の柱は、樹木の構造がどのように作られ、どのように機能するのかを調べること。そのためにも多様な木材資料やデータを集め、解析することが必要です。肉眼や顕微鏡レベルでのマクロな調査だけでなく、赤外線やX線を使った分子のレベルでの調査も研究対象です。
所蔵する木材標本を、いかに有効に利用できるか、自らの手を動かして研究しています。人工知能などの新しい手法を導入して、新しい科学を創生したいです。
室温22度、湿度40パーセントに管理されたこの部屋は材鑑調査室の〈ハート〉。スチール製の引き出しには、京都帝国大学時代の収集品を含めて2万497点の木材標本が収められている。これらは、木目や樹皮、材面を観察したり、樹種特定の標準標本として使われたりする。毎年新たに、大学の演習林や国有林で採集されるものや、寄贈されたり台風による倒木で破棄されるものを譲り受け、標本にして保管している。
すべての標本に番号をつけ、データベース化してインターネット上に公開。材鑑調査室が音頭をとって、国内7つの施設との合同ネットワークを構築し、各大学の木材標本を同じウェブページで検索できる仕組みになっている。
いわゆる木の化石です。表面を薄く切り取り、顕微鏡でのぞくと、木材の組織がそのまま残っています。
研究者は、木材の組織を3次元で捉えて識別しています。広葉樹の木部組織には水分を通す道管があり、光学顕微鏡で覗くと道管の穴が観察できる。
3つの断面ごとに見え方が違うことを実感してもらおうと、「京大ウィークス」の参加者向けに組み立て式の付録を作りました。
日本各地に伝わる木工芸品には、その材を選択する理由と、材の特性を生かして美しく仕上げる技術と智恵がつまっている。
日本人が古くから、いかに木と密接に関わってきたのかを物語る資料でもあります。
Before
After
1943 | 木材研究所 設立 |
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1978 | イギリスのキュー王立植物園が監修する国際木材標本庫総覧に機関略号KYOwとして正式登録 |
1980 | 材鑑調査室 設立 |
1991 | 木質科学研究所に改組 |
2004 | 生存圏研究所 設立(木質科学研究所と宙空電波科学研究センターを統合再編) |
2005 | 大学附置全国共同利用研究所として活動を開始 |
2007 | バーチャルフィールド、展示室の新設 |
2009 | 古材中心の屋根裏収納庫を新設 |
毎年秋に開催される「京大ウィークス」に合わせて一般公開。2018年は約300名の参加者があり、ルーぺを用いた木材の組織観察などの体験実習を実施。
生存圏研究所は共同利用・共同研究拠点に登録されており、国内外の研究者が利用できる。大型装置・設備の共用と、生存圏に関するさまざまなデータベースの公開が主軸。データベースには、計測結果などの〈電子データ〉と木材標本など〈もの〉の2種類がある。材鑑調査室は〈もの〉のデータベースの拠点として、文理融合の研究を推進する。
日常の生活の場所としての「生活圏」、私たちを包む「大気圏」、大気圏の中で呼吸する「森林圏」、地球外につながる「宇宙圏」など、人類の生存に必要な領域と空間を「生存圏」と捉え、その現状を診断・評価し、将来の解決策を探究する。宇宙スケールから遺伝子レベルにいたる多様な研究テーマに、分野の枠を超えて取り組んでいる。
>> 材鑑調査室