2018年春号
施設探訪
現代の農業生産は、多くの化石燃料や電力を消費している。エネルギーとなる資源の枯渇や、廃棄物の処理の問題にくわえ、炭酸ガスの排出は環境に大きな負荷を与えている。京都大学農学部・農学研究科附属農場(以下、京大農場)では、自然エネルギーを活用した農業生産を実証するとともに、自然エネルギー生産と食料生産の併産をめざした「グリーンエネルギーファーム」モデルを構築している。2016年4月に京都府木津川市に移転し、新たにスタート。さまざまな最新の農業施設をそなえており、次世代型農業技術の開発と実証の拠点として教育・研究活動に貢献している。10年以上にわたり、京大農場で研究をすすめてきた北島宣教授の案内で場内を探索した
京大農場は、1923年の京都帝国大学農学部の創設にともない、1924年に現在の北部構内に開設。1928年に高槻市に移転し、以来、多くの農業研究者や技術者を送りだしてきた。約90年の歳月をへて、農場施設の老朽化がすすんだことにくわえ、新しい施設を建てられる広い場所を求めて、2016年4月に木津川市に移転。
できたばかりの農場なので、まだまだ小さい木が多いです。カキは平核無(ひらたねなし)や富有柿、太秋などメインの6種類のほか、100種類ちかくの品種を保存しています。オープンファーム当日に売られていたのは平核無です。すぐに完売しました。
私のイチオシの品種は太秋。甘くておいしいですよ。
収穫した果物のサイズや糖度などの品質を測定する機械。目では見えない糖度や熟度を客観的に測定することで、より精度の高い選果ができるようになり、信頼性の確保につながっています。
1枚がおよそ5反(0.5ha)の面積の水田で、玄米なら約1.8トン、白米にすると約1.6トンぶんのイネを栽培しています。日本人が1年に消費するお米の量は、大人1人あたり60キログラムといわれていますから、大人25人の1年ぶんです。おもにヒノヒカリを栽培しています。稲穂を玄米にするライスセンターもそなえていますから、授業では田植えから収穫、精米までを体験できます。
稲刈りのあと、つぎの田植えまでのあいだに、ほかの作物を栽培すれば、圃場の利用効率が上がります。このフォアスなら、作物に応じて土壌の水分をコントロールできるので、水田と畑との転換がかんたん。畑の作物は湿害に弱く、水稲は干ばつに弱いので、フォアスの導入で、湿害や干ばつ害の両方を軽減して、効率よく栽培できます。
イチゴは「さがほのか」と「さちのか」をおもに栽培しています。ハウスにはセイヨウミツバチを飼育して、受粉をうながしています。施設に設置されたハウスには、温度や湿度の高低、二酸化炭素の濃度などを自動で管理できるシステムを導入しています。
光を通す太陽光発電のパネルを温室の上部に設置しています。パネルを通った光は、作物の光合成につかわれるだけでなく、同時に電気エネルギーを生みだします。試験段階の部分も多く、発電量は充分ではありませんが、実用化にむけて、トマトの生育状況や、ハウス内の環境、電気の発電量と消費量をデータ化し、実証実験をすすめています。
バラは1,000株を栽培し、1年で4万本の切り花を、アンスリウムは500株を栽培し、1年で2,000本の切り花を収穫しています。アンスリウムは、原産地の熱帯雨林では薄暗く高湿度の場所に生育します。本来の環境に近づくよう、ハウス内を遮光して薄暗くし、温度は15度以上に保つように制御しています。
京大農場では、バラの周年栽培にとりくんでいます。冬期の栽培では、寒さでバラが弱ることのないよう、一日中、ハウス内を暖かくする必要があります。ハウスでは、ガスエンジンを稼働して電気をつくりますが、そのさいに発生する温水はハウス内の加温につかわれ、排ガスからは二酸化炭素を抽出して、ハウスに供給し、光合成を促進します。
京大農場の約25ヘクタールを有する敷地には、水田や畑地、果樹園、園芸用温室が配置されている。大学院農学研究科の生産管理科学講座がおかれ、この講座の教員が中心となり、教育・研究に携わっています。農業や食糧に関わる諸課題の解決に向けて、環境への負荷を低減する農業技術や、高品質で高収量な食物の栽培技術の開発、実践をすすめています。
13名の技術職員が、農作物の栽培管理や農業機械・施設の維持整備、研究や実習の補助に携わり、教員をサポートしています。水田班、蔬菜班、花卉班、果樹班の4つのグループがあり、それぞれに専門的な農業の技術や知識をそなえています。
文部科学省の「教育関係共同利用拠点」に認定されており、他大学や高等専門学校の学生も、京都大学の学生と同じ条件で京大農場の実習科目を受講できます。受講生には栄養学科などの食に直接に関係する学生だけでなく、社会学や経済学を専攻する学生もいます。「食」はすべての人に関わる事がらですが、食卓にならぶ農作物がどのように生育し、栽培されているのかを知る学生は少ないでしょう。京大農場では、農作物の栽培、収穫から、収穫した作物の調理まで、食にまつわる一連の流れを実習で体験できます。環境エネルギーや経済など、さまざまな視点で農業と食を考えるきっかけにしてほしいです。
米や野菜、切り花など、農場の生産物を本館1階で販売しています。ホームページから「きょうの販売品目」を確認できます。
社会人むけの教育プログラムを2017年度から実施しています。教員の専門分野や最先端の研究を学ぶ座学と、実際に作物を栽培する実習とで構成され、一定時間の講義を履修し、所定の評価を得た人には履修証明書が交付されます。初年度は、農業関係の仕事に就きたい人や、企業から派遣された方など、21名が受講しました。
現代の農業生産は、「エネルギー投下型」。たとえば、トマトやキュウリの旬は夏ですが、食料品店に1年をとおしていつでもならんでいます。これを可能にするのは冬期の暖房ですが、そのためにたくさんの化石燃料をつかい、厖大な量のCO2を排出しています。大型の農業機械を動かすのにも化石燃料が使用されています。このサイクルから脱却しようと、京大農場では、農地でエネルギーを生みだし、そのエネルギーをつかって、生産ができるような新しい農業システムの構築をめざしています。このエネルギーを地産地消するコンセプトを、「グリーンエネルギーファーム」と名づけました。
京大農場では1年をとおして昼間の電力をまかなえる規模の太陽光発電パネルを設置し、電気を生産していますが、あわせて電気を蓄える、蓄電の研究も重要です。もっともエネルギーをつかうのは冬の暖房ですが、もっともエネルギーを生産できるのは日射しの強い夏です。夏に生産したエネルギーを水素に転換して蓄え、冬にエネルギーとしてつかう新たなしくみをつくろうと、他分野の専門家とも協力し、取り組んでいます。工学やエネルギー環境学の研究者や、このコンセプトを政策として提言することも視野に入れ、経済学の専門家にも協力いただいています。
このモデルを実社会で実用化するには、企業や自治体の協力も必要です。2017年に、大学の研究者や企業、地方自治体などが参画する「グリーンエネルギーファーム産学共創パートナーシップ」を設立しました。これから農業関係の分野に取り組みたいという企業や、たくさんのエネルギーを生産しているけれど、有効活用できていないという企業が集まり、ともにいろいろな可能性を探っています。
日本の「食」や農業はいま、農業従事者の高齢化や後継者不足、耕作放棄地の増加など、多くの問題をかかえていますが、それにともなって食料自給率が下がっていることも問題です。食料を海外からの輸入に頼っていると、万が一の事態に、深刻な問題をひきおこす可能性があります。だから、「自分たちが食べるぶんは自分たちでつくる」ことがだいじ。
あまり知られていませんが、日本の果樹や米の品質は世界に誇れるものです。とくに温帯の果樹であるリンゴやモモなどの日本産の品種の品質は、世界でもっともすぐれています。それだけの生産技術があることを、もっとみなさんに知ってほしいですし、大学や企業を巻きこんで、海外にも展開してゆきたい。海外に展開することで生産者の収益が上がると、農業に従事する人の数も増えるかもしれない。そのようなお手伝いもできたらと考えています。
京都大学の教育研究施設を一般に公開したり、公開講座や講演会を実施する「京大ウィークス」の期間に、オープンファームを開催しています。大学の研究施設というと、「私には関係ない」と思われる方も多いですが、施設の特徴や研究内容を知ってもらい、みぢかに感じてほしい。稲刈り体験や実験をとおして、子どもたちに生物学や農学に興味をもってもらえるきっかけになることをめざしています。
2017年のオープンファームの来場者は約800人。木津川市周辺の方はもちろん、大阪府や滋賀県などから参加される方も増えてきました。京大農場には最新設備がそろっています。とくに、再生可能エネルギーをつかった新しい農業モデルをすすめているのは、日本で京大農場だけ。いまの農業はこんなに進歩しているんだと、多くの人に知ってもらう機会になればと思います。