2017年春号
授業に潜入!学生目線で授業を体験しました
Elementary Experimental Physics-E2——1回生対象
Roger Wendell准教授
理学研究科 物理学第二教室 高エネルギー物理学研究室(イラスト左)
Anthony Beaucamp講師
工学研究科 マイクロエンジニアリング専攻マイクロシステム創成講座(イラスト右)
授業計画
連成振動の実験/電気抵抗の測定/熱電子放出に関する実験/プリズム分光器による原子スペクトルの測定/フランクとヘルツの実験/プランク定数の測定
ここがポイント!自然科学分野の研究に必須の実験技術と物理学の基本概念の習得が目的だが、実験手順の説明から質疑応答にいたるまで、教員も受講生も、原則として英語のみで会話するのがこの授業のルール。日本語版「物理学実験」の授業と内容は同じだが、プレゼンテーションの機会を設けているのが大きな特徴。1日めは地道な実験とデータ解析、2日めは報告と考察。2日にわたってひとつのテーマにじっくり向き合う。
担当教員は2人。それぞれ別の教室に分かれ、それぞれに異なる実験を指導する。実験は2人1組で進行。ペアどうしの母国語が同じ場合は母国語での会話が許されるが、異なるペアは英語で会話。教員への質問は英語のみ。
ドイツの物理学者、ジェイムス・フランクとグスタフ・ヘルツが1914年に行なった歴史的な実験です。ボーアの量子論にある、原子が離散的なエネルギーをもっていることを検証するために、原子内の電子を励起するエネルギー量を測定しました。2人はこの研究をもとに、1925年にノーベル物理学賞を受賞しました。
ネオン原子を封入した密閉容器に、1ボルトから100ボルトまで、0.2~0.5ボルトきざみで電圧を上げながら、200回にわたってマイクロアンペア計に流れる電流量を計測します(下図)。装置の設定条件を変えてさらに200回。計400回ぶんのデータを解析し、グラフに落とし込んで考察します。
この実験は、装置の準備時間をのぞいて、3時間以上はかかります。電圧を厳密に管理し、電流量を正確に読み取る作業を、ひたすらくり返すのですが、単純な作業だけに、並大抵の集中力では続きません。
400回ぶんの記録を終えた学生たちは、「あぁ疲れたぁ」と、悲鳴にも似た溜息を漏らし、ぐったりと座り込みます(笑)。こうして集めた計測データをグラフにし、そこからなにが読み取れるのかを考察します。
原子や分子は、それぞれの種類によって波長の異なる光を放射します。この光をプリズムに通すと、波長ごとに分離され、線状に分かれます。これを線スペクトルといいます。その分布の特徴は、原子の構造で決まるので、原子や分子の種類を推測できます。さらに、ボーアの水素原子モデルをつかうと、プリズムを使ったシンプルな実験から、原子の大きさを計算することもできるのです。
(2016年11月30日 3・4限)
前回の二つの実験結果について、それぞれ2組ずつが発表します。発表も質疑応答もすべて英語。学生たちは、実験の歴史的背景や実験の留意点、実験結果をもとに導き出した結論を報告し、これをうけて活発な質疑応答がつづきます。発表者が英語の表現につまると、ペアの学生がフォローすることもあります。議論が行き詰まったら、私たち教員は、解説や情報提供をとおしてサポートします。
(2016年12月7日 3・4限)
授業の受講生は23人。このうち留学生が14人ですが、母国語が英語の学生は1人もいません。個々の英語能力に差はありますが、スタートラインはみな同じ。英語への苦手意識から、はじめはみんな消極的ですが、場数をふむにつれて自信がつくのか、英語をおそれなくなり、積極的に質問する学生が増えました
教員との距離がちかい授業です。わからないことを臆せずに質問できる環境は、とくに1回生には大切。一方的な受け身の授業では、なかなかそのチャンスはありませんからね。
自分が学生だったころを思い返して、どうすれば彼らの関心を惹きつけられるかを考えています。「ぼくもこの実験はたいへんだった。4時間もかかって、首が痛かったよ」と、自身の経験を伝えたり、学生たちとの会話を楽しんだり、リラックスした雰囲気づくりがだいじです。
若いころにつまづいた経験をもとに、学生たちが理解しやすいように、教材を工夫しています。直感的に理解しやすい図版や動画を多用し、授業のテーマと基礎知識をまず理解してもらうよう努めます。実験にとりくんでいると、難解な問題に出会うかもしれない。でも、基本を積み重ねていれば、そんな問題も解決できる。その感覚を知ってほしい。
私は、むかしながらの授業スタイルを大切にして、ホワイトボードに図を手描きしながら説明します。学生たちの反応や理解度を察し、言葉を選んだり、具体例を追加したりできるからです。「物理はこわいものじゃない。基本論理を身につければ、いろんな場面で応用できる」ことを、実験をとおして体感してほしい。
私は工学出身ということもあって、理論の先の応用を考えます。この授業も工学部の学生がほとんどです。この実験結果をなにに応用できるかを意識してほしいですね。すぐには結びつかなくても、10年後に、きょうの実験を思いだすかもしれません。
研究者をめざすなら、「物理学実験」はその第一歩。100年前の「フランクとヘルツの実験」は、ノーベル賞受賞につながった画期的な実験です。いまでは専用の実験機器をつかってかんたんに再現できますが、当時はもちろん、すべてが手づくりで手探り。よく考えれば、じっさいの研究にだって、手引書や教科書はないのですから、実験方法や実験装置を自分で組みたてることに挑戦してもよいかもしれませんね。
初対面の人に「物理専攻」だと告げると、「物理は苦手で」と、きまって拒否反応が返ってくる。研究は、地味で地道で時間がかかる。すぐに結果が出ずにつらいことも多い。それでもあきらめずにつづけた者だけが味わえる楽しさとおもしろさがある。ぼくたちのそんな思いが、学生たちに伝わればうれしいですね。
Roger Wendell
1980年にアメリカ合衆国に生まれる。ノースカロライナ大学で博士課程修了。東京大学宇宙線研究所助教などをへて、2016年から現職。
Anthony Beaucamp
1979年にフランスに生まれる。マンチェスター大学で修士課程修了後、10年間、超精密光学の会社で働く。中部大学にJSPS外国人特別研究員として留学し、博士号を取得。2015年から現職。