2015年11月30日(月)1限(8:45~10:15) 吉田南総合館 共北28教室
授業に潜入! おもしろ学問
瀬戸口 浩彰先生
国際高等教育院/大学院人間・環境学研究科/総合人間学部 教授
地球上のさまざまな環境に適応して生きる植物たち。環境が気に入らなければ移動ができる動物とは異なり、植物は種子が発芽した場所から動くことができない。生育環境に「適応できるか、否か」は、まさに生死をかけた事柄だ。今回、瀬戸口浩彰教授がとりあげるのは、寒くて風の強い高山で生きる植物たち。植物はどのようにして寒い冬を耐え忍び生きているのだろうか。
きょうのテーマは、植物の高山への適応です。とくに高山植物の寒さへの適応に注目します。植物が寒い冬を耐えて生き残る方法、そして、私たちの身のまわりの植物も同じしくみをそなえていることを学びます。これまでの授業でも特殊な環境下で生きる植物をとりあげましたが、けっして奇をてらっているわけではありません。特殊な環境で育つ植物は、どんな植物もそなえているしくみをとくに強く発現させます。そうした極端な例をみると、植物のしくみをよりわかりやすく知ることができるのです。
高山植物(alpine plants)とは、森林限界よりも高い場所、つまり、高山帯に生える植物のことです。京都大学からもっとも近くで高山植物が見られるのは、北陸地方の白山です。(図1)
森林限界とは、文字どおり樹木が生育できる限界です。限界の直前まで生えるのがハイマツというマツ科の植物です。直立できず、横に這う形態で育ちます。ハイマツ帯が終わると高山帯です。本州南部から北海道の順に山を並べると、暖かい南部は森林限界の標高は高く、北に行くほど標高は低くなります。(図2)
これは研究室の卒業生が撮影した北海道の大雪山の写真です。(図3)山肌は石ばかりで、木が一本もありません。代わりに、チングルマやウルップソウの花畑が拡がります。高山帯ではこのような植生が拡がります。
じつは、高山帯以外の低地にも高山植物が生えることがあります。北海道の礼文島(れぶんとう)には、高山植物のエーデルワイスが海沿いに咲いています。礼文島に行けば、苦労して山に登らずとも高山植物を見ることができますよ。
礼文島のような北の周極地域では、北極を取り巻くように高山植物が分布しています。グリーンランドやカムチャツカ半島でも、平地に高山植物が生えています。(図4)
高山植物の敵は森です。森が発達しづらい場所に、高山植物は生えるのです。たとえば、日本は標高が高いほど風が強く積雪も多いので、森が発達しません。森がなければ高山植物の生えるすきまができるので、日本では高地に高山植物が生えます。北の周極地域は、低地であっても寒さで森林が発達しにくいので、高山植物が生えるのです。
ですから、低地に高山植物が生育する北欧やロシアの人にはalpine plantsではなく、arctic alpine plants(周極高山植物)、arctic plants(周極植物)と言わないと通じません。同じ種の植物であっても、彼らにとっては北極を取り巻くように分布している「周極植物」であり、高山植物ではないのです。
森がなければ、標高が低くて暖かい場所でも高山植物は育ちます。日本で高山植物の生える南限は愛媛県です。愛媛県には別子銅山で知られる西赤石山があります。
この銅山の土壌は貧栄養で、銅やニッケル、マンガンを大量にふくんでいます。重金属が土壌に入っていると、樹木は中毒状態になってしまいますし、栄養塩類がないとバイオマスも充分にはつくれないので、森は発達しません。
森が発達しないので、たった標高1600メートルの暖かい地域にもかかわらず高山植物が生えるのです。同じように山頂部付近や岩場の多い鳥取県の大山や紀伊山地の大峰山は樹木が育ちにくいので、標高が低くても高山植物が生えています。
高山植物に作用する環境要因は、基本的には土壌ですが、温度と風と雪の三つの要素は、高山植物にプラスにもマイナスにも働きます。寒さ、風、雪のプラス面は、敵である森の発達を妨げて、高山植物の生えるすきまをつくってくれること。しかし、これは高山植物にとっても厳しい条件です。厳しいなかで一所懸命に耐えるしくみを、高山植物は発達させています。
まず、温度に注目しましょう。標高が100メートル上がるごとに気温は0.6℃下がります。たとえば、富士山は標高3776メートル。静岡県の焼津港を海抜0メートル、0℃の冬の朝だとすると、富士山の山頂はマイナス23℃です。家庭用の冷凍庫内の温度です。冬の焼津港の昼間の気温は平均15℃くらいですが、富士山頂は氷点下のままです。山は夏も低温です。春の訪れが遅く、冬の訪れが早いので、山の植物の生育期間は短くなる。植物にとってはこれが深刻な問題なのです。
コマクサという10センチメートルほどの小さな植物がいます。コマクサと同じケシ科の仲間にタイツリソウという花があります。(図5)この二つは、同じケシ科に属する近縁な植物です。タイツリソウは高さ30センチメートルから60センチメートルほどに育つのですが、コマクサは10センチメートルにしかなりません。花茎も葉も根元から出るだけで株立ちはしない。系統上は近縁でも、体の大きさとつくりがずいぶんと違うのです。
これには、生育期間の違いが大きく関係しています。コマクサが青森県の八甲田山に生えているとすると、6月に雪がとけて、10月に雪が降りはじめます。生育期間は6月から10月までです。いっぽう、平地のタイツリソウは3月から11月までが生育期間です。(図6)
植物はファイトマーという単位で構成されます。葉と葉のあいだの節間と腋芽(えきが)をあわせてファイトマーとよびます。光を受けるためにファイトマーを何段も積み重ねて、上にむかって伸びてゆくのが植物の基本生態です。(図7)
ところが、高山植物は生育期間が短いので、ファイトマーを積み重ねる余裕がありません。短い期間に早く花を咲かせて実を結ぶために、ファイトマーの数を減らします。タイツリソウが5段、6段と積み重なるのに対し、高山植物は「1段、2段、3段、おしまい」。あわせて、ファイトマーのサイズを小さくする「矮小化」を起こします。大きな葉をつくる余裕のないコマクサは、細い葉をたくさん出して小さなサイズのファイトマーを形成し、体を小さくするのです。
花の量もタイツリソウより少なめです。矮小化することで、短い生育期間に適応するのです。賢い方法だけれど、花の量が減ると残す子孫の数も減ってしまう。生存競争には不利ですが、しかたがない。ここで生きるにはそれしか方法がないのです。健気ですね。
野生動物が高山植物を食べる?
高山植物の生息地は厳重に保護されています。研究用の採集にも、環境省、所轄の県や市、地権者の三者の許可が必要です。手間をかけて、「数枚だけ」という条件で許可を得たのに、すぐ横でニホンジカがのんきに葉を食べている。(笑)以前は、シカやサルが里山に下りて畑などを荒らすことが問題でしたが、近年、里山の食糧が減って、食糧をもとめて野生動物が高地にやってきています。野生動物による食害から高山植生をどう保護するかは重要な問題です。
温度に適応するもう一つの方法が、凍らないようにすることです。春に咲く花は、冬には花芽がつぼみの中にできています。生殖細胞をつくる分裂(減数分裂)は低温の影響を受けやすいので、寒い春先では分裂に支障をきたすおそれがあります。そこで、暖かい夏から秋のうちに花芽をつくっておくのです。
気温があまりに下がると、植物は凍結して死んでしまいます。独身時代、私はこんな経験をしました。暑い夏にトマトを冷やそうと、輪切りにして、マイナス20℃の冷凍庫に入れておいたのです。数分のつもりがそのまま忘れて、翌日、冷凍庫を開けたらトマトが凍っていた。夏なので、室内で解凍したのですが、トマトの汁はお皿にあふれ出て、残った果肉は高野豆腐みたいに中がスカスカ。もとの姿にはもどりませんでした。中途半端な温度で凍ると、大きな氷の結晶ができて細胞膜を壊してしまうのです。そこから細胞液が外に出て、細胞は死んでしまう。
植物たちが冬に凍らないためにどうするかというと、細胞内の水を、つぼみとつぼみを守る鱗片のすきまに排出します。すると、細胞中の溶質の濃度が高くなって、凝固点降下が起こるのです。これを器官外凍結といいます。(図8)
凝固点降下の原理を覚えていますか。たとえば水は0℃で凝固しますが、水に砂糖を混ぜると0℃では凍らず、マイナス10℃くらいで凍りはじめます。同じように、植物も凝固点降下を起こせば、冬の京都の気温くらいならば充分に耐えられるのです。えらいですね。
生殖医療では、生殖細胞をマイナス200℃ぐらいの液体窒素の中で保存します。氷の結晶がとても小さくなって、細胞を壊さずにもとの姿にもどるので、生殖細胞を生かしつづけることができるのです。家の冷凍庫がもしマイナス200℃だったら、トマトを解凍してもきちんと食べられたということです。(笑)
体内のデンプンをブドウ糖に変えて溶質濃度を高くすることで、凝固点降下を起こす植物もいます。デンプンは不溶性物質なので、溶質の濃度には影響しませんが、デンプンを酵素で分解して、水溶性のブドウ糖などに変えれば、溶質の濃度を上げることができます。
秋に収穫されない野生のニンジンは、冬のあいだにデンプンを分解して凝固点降下を起こします。そうして、溜めた栄養分をつかって翌春に芽をだすのです。野生のニンジンはそうして生きています。彼らは死なないために甘くなるのです。そのしくみを応用して栽培されている「ふかうら雪人参」という青森県産のニンジンがあります。冬に雪の中から収穫するこの甘いニンジンは、リンゴほどの糖度があるようです。
冬といえば鍋。鍋の冬野菜がおいしいのも凝固点降下の影響です。畑で栽培されるネギやハクサイも凍え死にしたくないので、ブドウ糖を体内にたくさん溜めるのです。
冬野菜がおいしいのは、植物が死なないためのくふうで、私たちはその恩恵にあずかっているのです。これから鍋を食べるときは、「よくがんばったな」と野菜たちへのねぎらいの気持ちを忘れずに残さず食べてあげてください。(笑)
飢饉を引き起こした「やませ」の冷気
お米は受粉によってできる作物ですから、冷気にさらされて異常な減数分裂が起こると、お米は実りません。東北地方では、イネの花の減数分裂のはじまる6月ころに「やませ」が吹きます。やませは、飢饉を起こす原因になりました。江戸時代は米中心の経済ですから、熱帯性のイネを東北でもむりやり育てていたそうです。低温耐性をそなえた品種が開発されていたのですが、それでも打ち勝てないほどのやませにさらされて、「天明の飢饉」などを引き起こしました。植物の生態から日本史をひもとくこともできるのです。
つぎに、高山植物にとってとくに大きな要因となる「風」について考えましょう。高い場所ほど風は強くなります。風の強い日本の高山では、樹木は上に伸びれば伸びるほど強い風を受けますから、幹や枝を横に伸ばしテーブル状になることで強風に耐えやすくなります。風速10メートル毎秒を超えると、風の抵抗に負けて、芽を出すことができず、枝は成長できなくなります。すると、樹型に変化が起こる。
こうした現象は、富士山のカラマツに見られます。一合めに育つカラマツは直立木です。(図9右)森林組合が植林や間伐などの管理をし、生長すれば伐採し、木材として出荷されています。
登山客が歩いて登りはじめる六合め、2500メートル付近になるとカラマツはこんなかたち。(図9中央)かっこいいでしょう。富士山は風の方向は一定で、つねに上から下に吹いています。すると、強い風の吹き降りる斜面側には枝が出ないのです。上に伸びることはあきらめていないけれども、片側は枝を伸ばすことができなくなった。これを旗状樹型といいます。
2600メートルあたりになると、テーブル状樹型になります。(図9左)上に伸びることができずに、地上を這っています。このカラマツも一合めの直立したカラマツと種類は同じです。富士山のカラマツは、直立木からテーブル状樹型まで連続的に変化しています。遺伝的な分化があるかを調べましたが、遺伝的にはまったく同じ。どの形に育つかは、環境で決まるようです。
日本でこの現象がみられるのは、富士山と富士山の近くの山の二か所だけ。これは、富士山が比較的新しい山であることに起因しています。
このことを教えてくれるのはハイマツです。図10はカラマツではなく、ハイマツです。寒冷地に分布するハイマツは、およそ2万年前の氷期に北方から南下して、北陸の白山まで拡がりました。氷期が終わり、暖かくなると、ハイマツをふくめた寒冷地の植物は、北の地域や高地に逃げたと考えられます。その結果、ハイマツは北アルプスの乗鞍岳など、山の頂上付近にだけ生き残っています。
富士山はこのあと約1万年前から噴火をくり返して、いまの山容が形成されました。1万年前にはハイマツはすべて高山にとりのこされていましたから、富士山には入ってこられなかったのです。そして、富士山の空いた場所に、まるでハイマツのような樹型に変化したカラマツが入りこんできた。植物はじつにしなやかで、適応力があるのです。植物ってすごいでしょう。
さいごに少し、雪の話をしておきましょう。日本の雪は重く、1立方メートルの雪はおよそ300キログラムです。大陸からの空気が日本海を通過するときにたっぷりと水を吸い込むからです。水を吸って湿った空気が上空に拡がり、冷やされて大量の雪を降らせる。これが、重い牡丹雪になります。
雪の重みで枝が折れたり、寒さで樹木が生えなくなると、高山植物の敵である森林が発達しなくなります。高山植物が生きのびるために、雪は重要な役割を果たすのです。来週はここからスタートしましょう。
高山植物が厳しい環境に耐える能力は、けっして特殊なことではありません。鍋を食べるとき、「冬野菜がうまいのと同じだ」と思いだしてくれたら、きょうの私の目標は達成です。
- 受講を終えて -
1限の授業といえば、睡眠欲に負ける学生が多いのか、空席だらけの教室が頭に浮かぶが、「植物自然史II」は、出席確認やレポート提出がないにもかかわらず、空席はほぼナシ。大きな身ぶり手ぶりで、熱く語る先生の姿に引きつけられ、受講生の視線はメモをとるのも忘れて前方に集まる。順序だてて話される植物のしくみは、一つひとつがすとんと腑に落ちてゆく。得た知識の多さに、気分は「高山植物マスター」。学ぶ楽しさのわきあがってくる90分間だった。