2024年秋号
私を変えたあの人、あの言葉
宮島未奈さん
作家
つい最近まで「京大出たのにぱっとしない人生だったな」と思っていた。京大を出ている人が全員すばらしい人生を送っているとは限らないが、わたしの人生だってもうちょっと面白かったらよかったのにと軽く絶望していた。
そんなとき自分に言い聞かせていたのが、「夫とだじゅうるに出会えたんだからいいじゃない」だった。
同学年の夫とは大学時代に出会い、25歳で結婚している。滋賀県大津市に住むようになったのは夫の仕事がきっかけなので、彼と出会っていなかったら大津を舞台にした『成瀬は天下を取りにいく』は書けなかった。
もうひとり、だじゅうるという男がいる。入学したときにはひとつ上だったはずなのに、なぜか同じ卒業式に出ていた。
結婚が決まったときも、子どもが生まれたときも、真っ先にメールした相手がだじゅうるだった。わたしの友だちランキングがあるとすれば、20年以上首位に君臨している。
だじゅうるとは彼のペンネームでありあだ名で、出会ったときにはすでにだじゅうるだった。現在はマスコットブロガーとしてその名を馳せているので、気になる人は検索してほしい。
だじゅうるは本当か嘘かわからないことをよく言った。だからいつもわたしはだじゅうるの言うことを話半分で聞いていて、「四条烏丸と四条河原町は地下道でつながっている」と聞いたときも「まただじゅうるが変な嘘言ってる」と思ったぐらいだ。
わたしはだじゅうるの名前と住所を勝手に使って懸賞に応募するのにハマっていた。なぜ自分の名前で送らなかったのかわからない。中でも当たりやすかったのはフリーペーパーの懸賞で、映画の鑑賞券や焼肉屋の食事券が毎月だじゅうるの家に届いていた。
わたしのぱっとしない人生は40歳手前で小説家デビューという転機を迎えた。あるとき、京都駅近くで行われたサイン会を夫とだじゅうるが見にきてくれたことがある。10代の頃からそばにいてくれた二人が並んでいるのを見たら、胸にこみ上げるものがあった。
みやじま・みな
1983年、静岡県生まれ。滋賀県大津市在住。京都大学文学部卒業。2021年「ありがとう西武大津店」で第20回「女による女のためのR-18文学賞」大賞、読者賞、友近賞をトリプル受賞。2023年同作を含む『成瀬は天下を取りにいく』でデビュー。第21回「本屋大賞」など15冠を獲得し話題となる。最新作は、続編『成瀬は信じた道をいく』。