輝け!京大スピリット 第15回京都大学たちばな賞 杉山由里子さん - 京都大学広報誌『紅萠』

京都大学広報誌
京都大学広報誌『紅萠』

ホーム > 紅萠 > 学生・卒業生紹介

輝け!京大スピリット

2023年秋号

輝け! 京大スピリット

誰もが抱く死と向き合う難しさ。ブッシュマンの歩みに未来の鍵を探る

第15回京都大学たちばな賞 優秀女性研究者奨励賞(学生部門)
杉山由里子さん(アジア・アフリカ地域研究研究科 研究員)

抜けるような青空の下、枝をアーチ状に組んだ草葺きの小屋には、雨期対策の布がパッチワークのように被せられている。ボツワナの狩猟採集民であるブッシュマンが暮らす住居だ。「調査では小屋の側にテントを張らせてもらいました。飼われている山羊に踏まれて目が覚めたことも(笑)」。写真を見ながら楽し気に語るのは杉山由里子さん。2023年に第15回京都大学たちばな賞の優秀女性研究者奨励賞を受賞した新進気鋭の研究者だ。

手に持つのはブッシュマンが作る民芸品。彼らの貴重な収入源だ

日本では京都大学を中心に50年以上の蓄積があるブッシュマン研究。杉山さんは手付かずだった死生観というテーマに挑む。聞き取りを重ねるなかで見えたのは、遊動生活と弔いの関係だった。かつてカラハリ砂漠を自由に移動しながら生活した古老が、心地よいクリック混じりの言葉で語る。〈私たちは昔、死んだ人を埋葬し、移動した。そんな風に死んだ人のことを諦めて、忘れたの。私たちは埋葬して、そして草の中を歩いて歩いて……。あぁ鳥がコロコロと鳴いているねって話しながら。こうやって悲しい気持ちと一緒に、死んだ人を砂に預けたのよ〉。計300分以上にわたる聞き取りから、杉山さんは次のようにブッシュマンの死との向き合い方を分析する。「狩猟採集民である彼らには葬儀の慣習はありませんでした。それでも死者とともに生きていると誰もが感じています。その感覚を胸に、この世界で生きる決意を固めて次の居住地へと歩んでゆく、それが彼らの死との向き合い方なのです」。

毎朝日課のティータイムは、調査の合間のご褒美

1964年のボツワナ独立以後は、国家のマジョリティである民族・ツワナが主権を握る政府によって定住化政策が進められ、ツワナ式の葬儀文化が流入。エイズの蔓延や若者の自死の増加などもあり、死を取り巻く状況は大きく変化している。「現在の彼らは仲間の死に際してかつての生活の喪失も実感しています。自由に移動できない現状に抱く不満も、調査では掬い上げました」。

研究テーマに死生観を選んだ背景には、小学生の頃に身近に経験した、死傷者が出た痛ましい事件のショックがあった。進学するにつれて記憶を共有する人が減り、ひとり思い悩むようになるなか、異なる弔い方を受け入れるブッシュマンに強く興味を惹かれた。「死とどう向き合えばよいのかという疑問は誰もが少なからず抱えているはず。私たちの現実とつながる仕方で、彼らを理解したいと思いました」。

土地の所有権を主張するために「祖先」の概念を取り入れるなど、ブッシュマンの死生観は驚くほど柔軟に変化を続ける。「コロナ禍で従来の葬儀ができずに悔しい想いをした遺族がいるように、死の在り方がいつ変容するかは分からない。人類の『過去』を知る鍵として注目されてきたブッシュマンですが、その柔軟さは『未来』のヒントになるはずです」。杉山さんの言葉に、爽やかな熱い風が吹き抜けた。

ブッシュマンが暮らす住居

  • *京都大学たちばな賞
    学術研究の将来を担う優れた女性研究者の育成等に資することを目的に創設。優れた研究成果を挙げた若手の女性研究者を顕彰する。

学生・卒業生紹介

関連タグ

facebook ツイート