2023年春号
萌芽のきらめき・結実のとき
山下真由子
数理解析研究所 助教
国際的に活躍の期待される若手女性研究者を表彰する「羽ばたく女性研究者賞(マリア・スクウォドフスカ=キュリー賞※1)」。第1回の最優秀賞に選ばれたのが山下真由子助教。高校生のときに国際数学オリンピックに出場し銀メダルを獲得、23歳で京都大学数理解析研究所※2の助教に就任。受賞理由には「圧倒的に学術的プレゼンスが秀でている」の文字が踊り、称賛と期待を背負いながらも、その姿は自然体。ときには迷いをのぞかせ、てらいのない言葉を重ねる山下助教の率直な今に触れた。
幼い頃からパズルや数独に親しみ、高校時代には国際数学オリンピックに出場。京都大学数理解析研究所で研究を始めて2年後の2021年には第1回「羽ばたく女性研究者賞」の最優秀賞に選出。数学で彩られた輝かしい経歴に反して、「もともと自信のない性格で、いつも迷いの連続。数学の難しさに直面して、自信をなくすことばかりです」と率直な言葉がこぼれ落ちる。
「運よく数学には挑戦できたけれど、自信のなさから挑戦せずに諦めてしまったこともたくさんあります」。数学ですら一度は諦めかけたことも。大学2回生の終わりに専門分野を決めるとき、数学への思いに蓋をして別の分野を選んだ。「迷いが生じて、『数学の研究者にはなれない』と思ってしまったんです。でも、数学から離れた1年間があったから、私が好きで、興味深くて楽しいと思うのはやはり純粋数学なんだと気づきました」。数学したさに学部の卒業を待てず、入学から4年目の春に飛び級で大学院に進学。数学の世界に再び挑戦を決めた。
山下助教いわく、数学の魅力は「一見すると違う現象を同じ公式で説明できたり、数学の抽象化の力で、モヤモヤとしていた現象をスッキリと説明できること。混沌 とした概念や現象を見通しよくする道具だと思っています」。この〈道具〉を手に、近年取り組むのが物理学者との共同研究。物理学の現象を数学的に裏付けて証明したり、数学を使って物理学の問いを議論するなど、数学と物理学との架け橋になることを目指し、邁 進 する。「専門とする幾何学の代数トポロジー(図)には古くから積み上げられた深い理論がありますが、物理学に応用されているのはごく一部。まだ見つかっていない面白い可能性があるはずです」。
共同研究を通して、自らの数学への理解がぐっと深まることも。「数学の公式の中には、意味がうまくつかめないものもあるのです。そんなときに物理学者から『こういう現象があって……』と説明を聞いて、『あの公式のことだ』とハッとしたり……。数学の抽象的な世界が物理の世界を通してふっと腑 に落ちるのは、印象的な瞬間です」。
「羽ばたく女性研究者賞」の受賞をはじめ、数学の国際会議にプレナリー講演者として招待されるなど、国内外から期待が寄せられる。「プレッシャーを感じるのも正直な思いですが、頑張るモチベーションになります。なんとかやっていきます」。
決して自分を飾らず、「今も自信はない」と確認するように言葉をこぼす山下助教。背中を押すのは、数学という難題に挑む同志の存在だ。「国際数学オリンピックの挑戦までは同志もおらず、どうせダメだろうと思ってばかりでした。数学オリンピックの仲間や大学で同志と出会って知ったのは、どんなに優秀な人でも難しい問題は難しいし、間違いやミスをすること。『この人も人間なんだ』と思えたことで、遠い世界だと思い込んでいた数学の世界が身近になった。自分もやってみようと、挑戦がしやすくなったのです」。
数学の研究というと黙々と数式と向き合う印象があるが、実は仲間との議論の中にこそヒントが潜む。同志はもちろん、他分野の研究者とのやりとりも大切な時間だ。「迷ったときには、仲間との議論や交流から新しい視点を取り入れます。数理解析研究所の建物は基礎物理学研究所と隣り合わせ。研究集会などに気軽に参加できるのがいいところ」。
「難しさ」の壁に日々ぶつかりながらも、数学の魅力は山下助教を引きつけてやまない。「幼少期に感じたパズルを解く面白さを数学に感じています。とにかく楽しいから毎日数学をしている、という気持ちは昔から変わりません。難しくて、解けなくて当然。世の中にある数学の問い全てが明らかになっていれば、研究する必要はありませんから」。
胸中にはいつも「次に何を研究すべきか」と悩みの種を抱えているというが、ここにも「分からないからこそ」の想いが宿る。「2年前の自分に、今の研究内容を伝えたら驚くはず。〈これから私は何ができるのか〉、その問いこそが楽しみでもあるんです」。迷いながらも突き進む、その先には無数の可能性が広がっている。
やました・まゆこ
1995年生まれ。東京大学大学院数理科学研究科博士課程を2019年に中途退学し、現職に。東京大学博士(数理科学)。
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