日時:2020年9月14日(月) 場所:法経済学部本館 第四教室
巻頭鼎談
松下佳代
高等教育研究開発推進センター 教授 (中央)
諸富 徹
経済学研究科/地球環境学堂 教授 (左)
田中祐理子
白眉センター 特定准教授 (右)
田中●2020年の年明けから新型コロナウイルスの感染が世界規模で拡大し、春になだれ込むように京都大学でも対応を迫られました。「待ったなし」で授業の実施方法を検討せねばなりませんでした。
松下●京都大学は3月下旬に、「教えること、学ぶことをとめない」という方針のもと、オンラインで教育と学習を続けると決めました。システムの整備や構築は情報環境機構が、教育方法などのソフト面は私の所属する高等教育研究開発推進センターが担当して、学内のサポートを進めてきました。
オンライン授業には大きく2つの方法があって、一つはズーム(Zoom)などのウェブ会議システムを使い、教員と学生をリアルタイムで繋ぐ同時双方向型です。もう一つは、資料や講義の動画ファイルをウェブ上にアップロードしておき、学生は好きな時間にアクセスして学習するオンデマンド型です。
諸富●当初は、通信負荷の小さなオンデマンド型が推奨されていましたね。ただ、学生が1時間半も集中して動画を見ていられるかは疑問で、なんとか双方向型の授業ができないのかという思いでした。
松下●同時双方向型の授業は通信負荷が大きくて、スマートフォンしか使えない学生は授業を受けられない懸念がありました。それでも同時双方向型を求める声は大きく、最終的にはWi-Fiルーターを貸し出すことで、5月7日の開講時には同時双方向型の授業体制がなんとか整いました。
諸富●私の担当する「財政学」の受講者は300人で、普段から双方向型の授業は心掛けています。それなのに、挙手で質問やコメントを促しても、「シーン」。(笑)ところが、チャット機能を使うと、活発な学生の発言に驚きました。
田中●学年や学部によって、オンライン授業への反応は違いましたね。
松下●理系学部では、難しい箇所を繰り返し視聴できるオンデマンド型が好評でした。
田中●私が文学部で受け持つ文献講読の授業は、オンライン授業といってもメールでの資料やレポートのやりとりが多かった。大学での学び方を知っている上回生は、授業や課題の狙いを掴むのも早い。考える時間がたくさんあるからか、文章でたっぷりと考えを述べてくれる学生もいるのですよ。
一方で、1回生は対応に苦労しているようでした。講義の一部だけでもズームで授業をすると、みんなの顔を見ただけでホッとしている学生もいましたね。
松下●1回生からは、「早く対面にしてほしい」という声をたくさん聞きます。人間関係が築けず、孤独感を覚える学生もいるようです。
諸富●「人間関係を深める時間がない」、そういう悩みは私のゼミでもありました。学生たちはズームを使いこなせますから、班ごとに小部屋に分かれて議論したり、資料を共有したり、学習上はむしろ効率よく進みます。といっても、ゼミが終わって退室ボタンを押せば、それでおしまい。
松下●いつもなら、「今日のゼミはどうだった?」などの会話が授業が終わってから生まれますからね。教育学部では、オンライン授業後は教員だけが退室し、学生は残って話せる時間を作っていました。
田中●授業後そのまま教室に残ってみんなで昼食を食べるような時間と場所を、オンライン上にも用意するのですね。
松下●1回生は高校の卒業式も、大学の入学式もなかった。華やかな春のひと時を楽しめず、気の毒に思うことはあります。一方で、新型コロナウイルス感染症の脅威に、世界の人たちが直面しました。歴史が刻一刻と変わるこの状況を、多感で、考える時間のある大学生として過ごすのは、ある意味で貴重。なんとかプラスに捉えてほしいと願います。
田中●病気や災害の歴史を研究してきた立場からも同感です。これだけ世界的に物事が動いていますから、大学だけが安全圏ではいられません。「悲しい」という気持ちで足を止めず、状況を受け止めた上でどんな歴史を体験しているのか、そういう若者の声を積極的に聞きたい。
諸富●コロナ禍がなければ、決められたスケジュールに沿って、入学式、新歓、授業選択と進んでいたでしょう。でも、それが主体的に選んだ道かというと……。慌ただしくサークルや授業を選択し、気がつけば教室の椅子に座っていた、ということかもしれない。(笑)一旦立ち止まって、大学生活を主体的に引き寄せるチャンスでもある。
田中●私はサークルに入らず、ひたすら本を読んでいる学生でした。思い描いていた大学生活が送れずがっかりする学生には、「世の中には、部屋に閉じこもって本を読んでいただけで大学生活を満喫したと思っている人もいるから大丈夫」とつい伝えたくなってしまう。(笑)
そんな私でも図書館には行きたかっただろうし、それぞれに思い通りにならない悔しさはあるでしょうね。
諸富●実は、私も入学式や新歓を経験していない。(笑)入学前に網膜剥離で入院してしまい、退院は5月でした。この状況に置かれた学生の気持ちはよく分かります。だけど、入院していた1か月は時間もありました。嫌でも大学のことを考えますから、4年間で何をしようかと随分考えました。
田中●オンライン会議が普及して、学術会議だけでなく、世界の学生たちも小規模な会合でもオンライン参加を歓迎するようになった。世界各地の若者たちと、同じでき事や状況をこれだけ強く共有するような機会はありません。たくさんのドアが開かれている絶好の機会ですから、勇気を出してどんどん対話してほしいですね。対話の芽が生まれていることは明るい展望です。この時とばかり、学生たちの背中を押してあげたい。(笑)
田中●京都大学には、「対話を根幹とする自学自習」、「自由の学風」という伝統があります。
松下●学外の方も、「京都大学といえば、自由の学風」とご存じです。他大学に行く機会も多いのですが、これほど理念を共有している大学は本当に稀ですね。
田中●私の学生時代は京都大学ではなかったのですが、「私たちは、あなた方に何も教えません」という式辞が入学式に読まれたという逸話を耳にします。(笑)
京都大学に着任して、「おもしろい場所だな」と思いながら過ごす中で納得した考え方は、学生が自ら学問を創る「自学自習」。それには、教員は対話の姿勢と扉をいつでも開いておかねばなりません。では、対面での対話が難しい状況で、理念をどう伝え、実践するのか。
諸富●かつての経済学部は、「自学自習」=「放任」という雰囲気。近年は変化していますが、単位も取りやすく、学生たちには「パラ経(パラダイス経済学部)」と呼ばれていたようです。(笑)
私は「自学自習」を「放任」ではなく、学生が自主的に研究テーマを選び、追究する権利だと解釈しています。教員はそのサポートはすれども、テーマを押しつけたり、分け与えたりはしません。
自分で決めたテーマですから前例はなく、道を切り拓くのは厳しい。若手時代は成果が出ずにもがく人も多いのですが、人生の後半になって論文がまとまりだすと、あとは上り調子。私も、こうしたケースをいくつも見てきました。
田中●理念というのは「こうありたい」という理想ですから、その実現を後押しする教員の姿勢が問われますね。
諸富●京都大学の教員は、学生が「これだ」とテーマを選ぶまで、じっと待つのです。京都大学は、私は大学院からですが、教授陣を観察しながら学んだのは、その姿勢。自分で選び、自分で展開する「自学自習」の力を身につける、これが学部時代の学びの基本かもしれません。
松下●教員も理念の上に胡坐をかいてはいけませんね。放任でどんどん伸びる学生もいますが、躓く学生もいます。近年は、学会発表や海外でのフィールドワークまで高校時代に経験している学生もいます。そういう学生とそうではなく昔ながらの受験勉強のみで入ってきた学生とではスタート地点で差がある。レポートの書き方や論文の読み方など、入試の点数には表れない部分です。京都大学の環境を存分に生かして学べるよう、手を差し伸べることも忘れたくありません。
松下●前期は週に一度大学に来るかどうかでしたし、会議はオンライン開催が増えました。対面でこそ生まれるメリットもありますが、出張の必要な会議には移動時間も手間もかかります。デヴィッド・グレーバーさんの「ブルシット・ジョブ(bullshit Jobs)」(どうでもよい仕事)という言葉が話題になりましたが、会議がオンライン開催になってブルシット・ジョブ的な仕事が減り、自分の仕事や暮らしの譲れないものは何か、見えるようになった気がします。
諸富●「十何年もかけて進むはずの時計の針が一気に動いた」、そういう瞬間を観察しているんだという気持ちでしたね。私にもテレワークの体験は大きかった。
松下●一方で、医療・福祉関係者や物流、小売業などのエッセンシャル・ワーカーたちは、この状況下でも仕事を続けていた。私の研究領域にも関わるのですが、現在の学校教育の目標は、子どもたちがAIに代替されない職業に就ける能力を伸ばすことに傾いています。世界的な動きです。でも、暮らしを支える職業には、AIには代替不可能で、しかも待遇のよくない仕事がたくさんあります。これを担う人も必要であるにも拘わらず、学校教育はこれまで目を向けてこなかった。
海外では、エッセンシャル・ワーカーへの敬意や感謝を表す取り組みがありましたが、日本では感染した医療従事者や保育士の子どもたちが、いじめや差別にあうという報道もありました。私たちの暮らしはこうした人たちに支えられているという想像力の欠如が浮き彫りになり、教育上の大きな課題を突き付けました。
田中●つい先日、イギリスの大学進学の共通試験に関するニュースが話題になりましたね。コロナ禍で中止となった共通試験「Aレベル」の代わりに、各生徒の学習成績から試験の点数をAIが自動算出したのです。でも、このAIのアルゴリズムには生徒個人の成績に加えて、通っている学校自体の過去の評価が色濃く反映されていたと分かった。もちろん、歴史的に公教育の整備が乏しかった貧しい地域の学校に通う生徒や保護者から強い反発の声が上がったというわけです。
コロナ禍をきっかけに変わったと言っても、実は社会の既存の価値観はそのままで、別のかたちに変化しただけのこともあるのですね。コロナ禍を機に未来や生き方が変わるといっても、変わるべきことが変わらないままではいけない。
諸富●目の前で社会が大きく変化することを感じることは、これまであまりなかったのです。経済学には、「密度の経済」と「集積の利益」という用語があって、企業も人も、メリットがあるから東京や大阪などの大都市に集まる流れがあった。ところが、「密度」も「集積」もだめだとされてしまった。現実に、2020年の東京の4月から6月の人口が減っている。これまでにない新しい局面です。都内の賃料も下落し、企業はオフィスを減らすとか地方に移す動きも一部に出始めています。遠く離れた場所でのびのびと暮らしながら、遠隔で働くことも可能だと証明されたからですね。これまで現実的でなかった選択肢を選べることが分かった。これは、収束した後にも影響が残りそうです。
田中●これまでの歴史上の感染症がもたらした変化というと、奥底で起きた変化が段々と社会構造に影響し、気がつくと全体が変わっているというものでした。振り返って認識する変化が多かったように思います。ところが、コロナ禍のもとでは、病気そのもの以上に、病気の影響を受けた経済活動の変化が人の生死や暮らしを全面的に揺るがす、そういう特殊な例ではないかと感じています。
松下●広井良典さん(こころの未来研究センター教授)が「地方分散型社会」の提言をされていますね。シミュレーションの結果、2028年頃までに、現在の都市集中型から地方分散型に切り替わらなければ、日本を人々が幸福で健康でいられる持続可能な社会にしていくのは難しいだろうと。共感はしつつ、現実にその動きを作るのは大変だろうと思っていたら、はからずも地方への移転が始まった。
田中●「変えられない」は思い込みで、変えられることはいくつもあるのですね。これから社会を創り、支える側の学生たちは、想像外の姿で革新的な社会の担い手になるのかもしれません。どういう社会になればよいのか、社会を構想する力がこれまで以上に必要な時代が始まる気がします。
松下●地方分散型が進むとすれば、大学には従来のグローバル化から、地方を産業・文化面から支える拠点としての役割も求められます。海外留学は難しい時期ですが、海外の著名な研究者の授業をオンラインで受けられる取り組みは増えてくるでしょう。これまでの延長線上にはない大学のあり方の未来が描けそうです。
諸富●コロナ禍がなければ、東京に人や企業がどんどん集まる社会が一層進展していたかもしれません。東京から一定の距離のある京都大学には、東京の空気に影響されない独自の学問を発展させられるメリットもあれば、それが距離的なデメリットになる部分もありました。そういうなかで、デジタル化によって距離の壁がなくなれば、学問の発展に益々注力ができます。新しい社会で世界と繋がりながら、京都大学に追い風となる時代がやってくるのではないでしょうか。
田中●学生が安心して学べる環境を守りたい、もっと整備したいと、心を新たにしました。ありがとうございました。
コロナ禍など想像もしなかった昨年度から、キャンパスを持たないミネルヴァ大学(アメリカ)のカリキュラムを授業で分析しています。分析で浮かび上がった疑問点は、ズームを使い、ミネルヴァ大学の教員にインタビューしました。オンライン授業への切り替えが決まった4月、「オンライン授業やズーム操作の経験を生かし、積極的に役割を果たそう」と、授業の進行をサポートするTA(ティーチング・アシスタント)に立候補。これまでの知識を土台に実践が加わり、関心はより高まりました。
正直言うと、オンライン授業にはこれまで半信半疑でしたが、授業後に録画を見返したり、学習支援システムPandA(京都大学のラーニングマネジメントシステム)を使って授業後にディスカッションを継続したり、工夫すれば学習効率が上がることを実感しました。この便利さと魅力を知ると、「オンライン授業の意義」のみならず、「対面授業の意義」も問われるかもしれません。コロナ禍での変化や経験を、今後の学びにどう取り入れるのか、教育学に携わる私たちの力量も試されています。
オンラインでしかやり取りのなかった方々と、先日ようやく対面しました。「こんな体格だったの?!」、「想像していた雰囲気と違う!」という会話があちこちで。(笑)他愛もない会話や小さな気付きのあるやり取りは新鮮でしたね。
これほど明確に暮らしが変わるとは思いもしませんでした。私の大きな変化は、片道2時間の通学がなくなったことです。オンデマンド型の授業も多いので、時間に縛られることも減りました。週の前半にまとめて受講し、後半は読書や趣味に充てるなど、自分のペースで組み立てました。自宅では集中しづらいという人もいるようですが、私の場合は授業への意欲も効率も格段にアップしました。それだけ通学時間の制約は大きかったのかもしれません。(笑)
時間にゆとりもできたので、「自分でお金を稼ぐ仕組み」を作ってみようと、ウェブサイトの制作サービスを始めました。予期できぬコロナ禍に巻き込まれ、突然に生計が立たなくなったり、夢への道が閉ざされたりした人たちの経験談を見聞きして、将来に不安を覚えたからです。元々起業に興味があり、企業に属さずに1人で稼ぐスキルを身に付ける必要を実感しました。試行錯誤しながらスタートしたサービスは、目標以上の成果が出ていて、スタートは好調。3回生になると就活が始まり、選択肢はより切実になるはずです。どんな状況でも折れずに立ち向かえる自信を身に付けたいのです。
まつした・かよ
1960年、福岡県に生まれる。京都大学大学院教育学研究科博士後期課程学修認定退学。京都大学教育学部助手、群馬大学教育学部助教授、京都大学高等教育教授システム開発センター助教授などを経て、2004年から現職。研究テーマは学習と能力の理論に基づくカリキュラム・授業・評価の研究。
もろとみ・とおる
1968年、大阪府に生まれる。京都大学大学院経済学研究科博士課程修了。横浜国立大学経済学部助教授、京都大学大学院経済学研究科准教授などを経て、2009年から教授。2017年から同大学院地球環境学堂教授を兼任。専門は財政学と環境経済学。
たなか・ゆりこ
1973年、埼玉県に生まれる。東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。京都大学人文科学研究所助教などを経て、2018年から現職。専門分野は哲学、近代医学思想史。