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私を変えた あの人・あの言葉

2020年春号

私を変えたあの人、あの言葉

〈伝統〉に浮かびあがる、先人の生きた証に惹きつけられて

大塚真帆さん
招德酒造株式会社 杜氏

私は1994年に京都大学農学部に入学した。当時、将来に対して何かやりたいことやビジョンがあったわけではなく、ただ漠然と、植物に対する興味があっただけに過ぎなかった。

「酒造り」の仕事を選んだ原点


作物学研究室に所属し、収量調査の手伝いでタイに。研究室の同僚や先輩、地元の女の子と酒宴を開いた。左端が私

京大の講義の内容は多様で、それぞれに面白かったが、特に印象深かったのは亜熱帯農業実習だ。和歌山県の大島にある亜熱帯植物実験所に夏休みの数日間滞在し、1単位が取得できる実習だったが、その内容はなんとも風変わりなものだった。汗だくになって荒れ果てた柿畑の開墾をしたり、地元の人に昔の大島の暮らしについて聞き取り調査を行ったり(過疎の進む大島だが、かつては捕鯨の島として栄えていた)……。確か数日間の滞在中の食事も島の食料品店で食材を調達し、自分たちで調理して賄っていたような記憶がある。大きな温室のガラスの天井は老朽化が進み、破れ、中の植物はお化けのように伸び放題(当時)で、まるで時が止まったような研究所であったが、夜には教員も交えて酒盛りをしたり、「なんか京大らしいなあ」と感じる印象深い体験であった。

このような体験を懐かしく思い出すにつれ、そしてなぜ私が「酒造り」という仕事を選んだのかを考えると、どうも自分は「古いもの」にどうしようもなく惹かれる性分なのではないかと思う。昔の人たちが脈々とやってきたこと、繰り返し続けてきたこと、そのようなことに強く惹きつけられ、自分も無性にその中に加わりたくなるのだ。

更新を続け、受け継がれる伝統

音楽でも、いわゆる民族音楽やその要素を含んだ音楽が好きだし、海外旅行に行くと現地の人に伝統楽器を教えてもらって、買って帰ってくる、というパターンが多い。2回生の時には、所属していた作曲サークル仲間とインドを旅行し、サランギという伝統楽器を教わった。また社会人になって訪れたモロッコでは、サハラ砂漠の街でダルブーカなどの太鼓をベルベル人にレッスンしてもらったりもした。そんな風に、その土地で昔から使い続けられてきた楽器を演奏していると、あたかも自分がその土地の人になったかのように感じ、独特の安らぎや幸福感に満たされるのだ。

そしてそれと似たような安らぎや幸福感を、私は「酒造り」という仕事の中にも感じる。伝統産業と言っても決して昔の人と同じことをしているわけではない。酒造りに携わってきた過去の無数の蔵人や研究者たちが改良に改良を重ねて今の酒造りの姿があるわけだが、「どうしたらもっと旨い酒ができるのか」という酒造りに携わる人間が直面する究極の命題は昔も今も変わらず、そしてその答えに対する完璧な正解はない。だから、面白い。


2回生の頃、インドに旅行し、現地の方に民族楽器の演奏を教わった


おおつか・まほ
1975年、神奈川県に生まれる。2000年、京都大学大学院農学研究科修士課程を修了、招德酒造株式会社製造部に入社。2005年、前任の杜氏の引退を機に杜氏的な役回りを務める。伝統的な製造方法であるキモト造りを始める。商品のラベルデザインも担当。全国燗酒コンテスト2019の最高金賞、インターナショナル・ワイン・チャレンジのSAKE部門で銀賞受賞など、受賞歴多数。

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