2013年11月20日
左から佐藤准教授、池田大学院生
佐藤ゆたか 理学研究科准教授、池田達郎 同大学院生らの研究グループは、脊索動物ホヤにおいて、脳になる細胞でBlimp1とよばれる分子が一時的に発現して、脳をつくる遺伝子回路の起動を遅らせ、それが感覚器官の原基をつくるために必要であることを発見
しました。
本研究成果が、2013年11月20日に英国専門誌「Development」誌に掲載されました。
概要
私たちの感覚器官の多くは、発生の間にプラコードとよばれる予定表皮の領域に作られる肥厚した構造から作られます。プラコードは長く脊椎動物に特有の構造と考えられ、脊椎動物が進化の過程で誕生したことに深く関わっていると考えられてきました。われわれの祖先がプラコードを獲得し、「脊椎動物らしく」なった背景にはどのような分子機構があるのでしょうか。近年の研究によって、脊椎動物にもっとも近縁の動物であるホヤ(脊椎動物を含む脊索動物門に属する動物の一種)の付着突起と呼ばれる部分が脊椎動物のプラコードに相当する器官(進化的起源が同じ相同器官)であることがわかってきました。そこで、本研究グループは、このホヤを使って、その分子機構をさぐりました。
図:ホヤと脊椎動物の感覚器官の原基(プラコード)の比較と、ホヤでの脳とプラコードの発生のしくみ
脊椎動物でもホヤでもプラコードは脳を含む神経が作られる領域と表皮の作られる領域の境界部分に出来てきます。ホヤのプラコードになる細胞は、もともと脳を作る細胞と同じ細胞が分裂してできます。つまり脳を作るはずだった細胞の一部からプラコードが作られてきます。脳を作る細胞では周囲の細胞からFGFと呼ばれる司令分子を受容して、脳を作る遺伝子回路(プログラム)が起動します。
本研究グループは、今回、脳になる細胞で、Blimp1とよばれる分子が一時的に発現して、脳をつくる遺伝子回路の起動を遅らせていることを見つけました。加えて、Blimp1はフィードバック調節によって自分自身の発現を抑制するので、一定時間後にBlimp1は機能しなくなります。この時までに脳を作る細胞は分裂しています。分裂後の細胞のうちの片方は胚内の位置関係から、もはやFGF司令分子を受け取ることができず、Blimp1がなくなっても脳になるプログラムが起動できません。この脳になるプログラムが起動できなかった細胞は脳になる代わりにプラコードへと分化することができるのです。脳は進化的にきわめて古い構造で、脊索動物以前の動物でも持っています。したがって、もともと存在していた脳を分化させる遺伝子の回路に、私たちの祖先がBlimp1遺伝子のフィードバック調節による遺伝子回路(「ディレイ(遅れ)タイマー遺伝子回路」とよんでいます)を付け加えたことで、脳の一部がプラコードになることができるようになった、という可能性を強く示唆する結果となっています。
書誌情報
[DOI] http://dx.doi.org/10.1242/dev.100339
論文タイトル
Tatsuro Ikeda, Terumi Matsuoka and Yutaka Satou
"A time delay gene circuit is required for palp formation in the ascidian embryo"
Development 140, 4703-4708. December 1, 2013
- 日刊工業新聞(11月22日 21面)に掲載されました。