病原性カビの侵入を許してしまった植物の奥の手とは?

病原性カビの侵入を許してしまった植物の奥の手とは?

2013年5月21日


左から高野准教授、晝間 日本学術振興会特別研究員

 高野義孝 農学研究科准教授、晝間敬(ひるまけい) 日本学術振興会特別研究員(現マックスプランク研究所)らの研究グループは、植物病原性カビの侵入を許した後、植物がその後のカビの拡大・蔓延をブロックする抵抗性に必要な因子の発見に成功しました。

 この研究成果は2013年5月21日(米国東部時間)に米国科学誌「米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences)」のオンライン版に掲載されました。

研究の背景

 病害による世界の農業生産被害は10~20%にまで達しており、これは8億人の食糧に値します。そして、この植物病害の80%以上は、糸状菌(カビ・菌類)によって引き起こされており、植物病原性カビの攻撃から作物を保護することは、非常に重要です。

 植物にとって、植物病原性カビは大きな脅威ですが、しかし、ある特定の植物病原性カビについて考えた場合、そのカビがどんな植物にでも、病気を引き起こせるということはありません。植物は自身に感染できない(つまり自身を宿主としない)病原性カビに対しては、非常に強い抵抗性を示します。この場合、病原性カビにとって、その植物は非宿主植物と呼ばれ、非宿主植物が発揮する、その強固な抵抗性は非宿主抵抗性と呼ばれます。もし、植物が非宿主抵抗性を発揮できない場合、植物は外界に存在する多数の潜在的病原体に対してなす術もなく侵略されることは明らかで、非宿主抵抗性は植物生存の根幹を支えるものと位置づけられます。

 では、なぜ、非宿主抵抗性は非常に強固な抵抗性なのでしょうか?

 その理由は、この抵抗性の重層的構造にあります。病原性カビは植物に感染するために、まずは、とにかく植物の中に侵入しないといけませんが、非宿主植物はこの侵入を防ぐ抵抗性システムを持っています。この侵入阻止型の抵抗性は、侵入前抵抗性と呼ばれます。しかし、万が一、病原性カビが侵入前抵抗性を突破し、植物がその侵入を許してしまったとしても、即、病原性カビの勝利というわけではありません。非宿主植物は、その後のカビの拡大・蔓延を防ぐための、奥の手を持っています。このカビの侵入を許してしまった時に必要とされる抵抗性は、「侵入後抵抗性」と呼ばれます(図1)。


図1:非宿主抵抗性において侵入後抵抗性は最後の砦である

シロイヌナズナを宿主としない炭疽病菌は、侵入段階でその感染行動をブロックされるが、もし、侵入できたとしても、「侵入後抵抗性」と呼ばれる細胞死を伴う強力な抵抗性によってその蔓延を阻まれる。本研究では、この侵入後抵抗性に必要な因子を突き止めている。

 この侵入後抵抗性は、植物自身の細胞死をともなう、文字通り、肉を切らせて骨を絶つような、最後の砦に位置づけられる強力な抵抗性です。しかし、侵入後抵抗反応時に、植物がどのようにして病原性カビの拡大を阻止しているのかは、十分には理解されていませんでした。

研究成果の概要

 今回、研究グループは、モデル植物であるシロイヌナズナの非宿主抵抗性を研究することによって、シロイヌナズナが炭疽病菌と呼ばれる病原性カビに対して発揮する侵入後抵抗性において、トリプトファンを起点とする抗菌物質合成とグルタチオンの機能が、非常に重要な役割を担っていることを突き止めました(図1、図2)。


図2:シロイヌナズナの侵入後抵抗性の崩壊

シロイヌナズナに本植物を宿主としないクワ炭疽病菌を接種している(矢印は接種部位を示す)。1は野生型シロイヌナズナ、2は侵入前抵抗性のみが欠損したシロイヌナズナpen2変異体、3は侵入前抵抗性に加えて、侵入後抵抗性が欠損しているシロイヌナズナgsh1変異体。GSH1はグルタチオン前駆体の合成に必要な酵素であり、本酵素遺伝子の変異体においては、クワ炭疽病菌は接種部位を越えて感染を拡大させている。

 これまで、この侵入後抵抗性において、何が病原性カビの蔓延をブロックしているのか、不明だったのですが、今回の研究により、トリプトファンを起点して合成されるインドールグルコシノレートが関連する抗菌物質、および、カマレキシンと呼ばれる抗菌物質が重要な役割を果たしていることを明らかにしました。また、グルタチオンがこの抗菌物質合成などに関与し、侵入後抵抗性に必要であることを明らかにしました。現在、耐病性を賦与された様々な作物が生産されていますが、その耐病性のほとんどは抵抗性遺伝子(R遺伝子)と呼ばれる遺伝子に依存しています。重要なポイントとして、研究グループは、非宿主植物が示す侵入後抵抗性に必要な因子として今回明らかにした因子は、炭疽病菌に対して発揮されるR遺伝子依存型抵抗性においても必要であることを示しています。

 炭疽病菌は、600種以上の農作物に感染し、世界中で深刻な被害をもたらしている植物病原性カビです。侵入後抵抗性およびR遺伝子抵抗性は、植物細胞自身の細胞死をともなう抵抗性であり、過敏感反応とも呼ばれます。病原性カビによっては、生きた植物においてしか生存できないものあり、この場合、植物細胞の死はそれらのカビに致命的な影響を与えることは明らかです。ところが、炭疽病菌は死んだ植物組織内においても増殖可能であり、過敏感反応における、細胞死そのものの重要性については、議論がわかれるところでした。本研究の成果は、細胞死よりも、抗菌物質生産こそが、その抵抗性の本質であることを強く示唆しています。

 非宿主抵抗性は頑強な抵抗性であり、そのメカニズムの解明に基づいた新たな作物保護技術の開発には大きな期待が寄せられています。今回、明らかにした侵入後抵抗性に必要な因子について、さらに詳細な研究をおこなうことで、新たな防除薬剤の開発および耐病性作物の作出に貢献できることが期待されます。

本研究は、以下の資金的支援を受けて実施されました。

  • 日本学術振興会 科学研究費補助金 基盤研究B
  • 生物系特定産業技術研究支援センター 「イノベーション創出基礎的研究推進事業」

書誌情報

[DOI] http://dx.doi.org/10.1073/pnas.1305745110

論文名

Glutathione and tryptophan metabolism are required for Arabidopsis immunity during the hypersensitive response to hemibiotrophs

ジャーナル名

Proceedings of the National Academy of Sciences

著者

Kei Hiruma1, Satoshi Fukunaga1, Pawel Bednarek2, Mariola Pis'lewska-Bednarek2, Satoshi Watababe1, Yoshihiro Narusaka3, Ken Shirasu4, and Yoshitaka Takano1,*
*)責任著者

著者の所属機関

  1. 京都大学 農学研究科
  2. Institute of Bioorganic Chemistry, Polish Academy of Sciences
  3. 岡山県農林水産総合センター 生物科学研究所
  4. 理化学研究所 環境資源科学研究センター

 

  • 京都新聞(5月21日 26面)および科学新聞(6月7日 2面)に掲載されました。