2013年4月6日
左から内本教授、折笠助教、王特定研究員
内本喜晴 人間・環境学研究科教授、折笠有基 同助教、王小明 同特定研究員らの研究グループは、千葉大学、石福金属興業株式会社と共同で、触媒の表面のみに白金を用いたコアシェル触媒の電極活性を決めている因子を初めて解明しました。今回、単結晶を用いたモデル系を使って新しい解析手法を確立し、白金-白金の原子間距離が、酸素還元活性を支配していることを明らかにしたものです。この成果は、燃料電池自動車や家庭用コジェネレーションシステム「エネファーム」に用いられている固体高分子形燃料電池の触媒開発へ適用され、白金使用量を劇的に低減した高性能触媒を実現し、燃料電池の本格普及が加速すると期待されます。
本研究成果は、米国東部時間4月5日に米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」のオンライン速報版に公開されました。
背景
固体高分子形燃料電池は環境負荷の少ないクリーンな発電デバイスとして、自動車用電源、家庭用分散電源への本格普及が期待されています。現在、燃料電池の反応を促進させるために、電極触媒、特に酸素還元触媒として大量の白金が用いられています。しかし、白金は資源量が少なく、燃料電池のコストを削減することが難しいという問題があります。そこで、白金の使用量を1/10以下に劇的に低減した低白金触媒の開発を目指し、白金以外の金属表面を白金で覆ったコアシェル触媒の開発を進めています(図1)。しかし、現状ではどのようにすれば酸素還元活性が向上するのかよく分かっていません。活性が何によって決まっているのかを解明できれば、コアシェル触媒の開発が飛躍的に進むと期待されます。これにより、固体高分子形燃料電池のコストを大幅に削減することができ、大規模普及が可能になります。
図1: 白金ナノ粒子触媒とコアシェル触媒の模式図
粒子の最表面のみ白金を使用することで、白金使用量の劇的な低減がはかれる。
今回の成果
本研究では、これまで解析が困難であったコアシェル触媒の白金周囲の構造を、燃料電池作動条件下で解析する手法を開発しました。実際のコアシェル触媒では、数ナノメートル以下のコア金属の表面に原子1層分の白金が存在している状態で、どの様なモデルで白金層の構造を取り扱ったら良いのか分かっていませんでした。そこで、原子レベルで平坦なパラジウム単結晶上に白金を1原子層析出させた複数のモデル系を構築し、燃料電池作動条件での白金周りの構造情報をX線吸収分光法で測定しました。X線源には大型放射光施設SPring-8の高輝度放射光を用いることで、ごく僅かしか含まれていない白金の構造情報を取得しました。この結果、白金-白金間の結合情報はいずれのモデルでも同一の手法で解析可能であることが示され、より複雑なナノメートルサイズのコアシェル触媒の解析へ本手法が適用できることがわかりました(図2)。
図2: モデル系とコアシェル触媒の違いの説明図
モデル系を用いた実験から、いずれのモデルにおいても、同一の手法で白金結合の情報を解析することが可能であり、複雑なコアシェル触媒の解析へ適用した。
さまざまな粒径と表面粗さをもつパラジウムナノ粒子(コア粒子)を用いて、白金を1原子層析出させたコアシェル触媒の酸素還元活性を測定した結果、コアシェル触媒の活性はコア粒子の粒径、表面粗さによって大きく変化することが分かりました。このコアシェル触媒の白金周りの構造情報を同様にX線吸収分光法で測定した結果、コアシェル触媒の活性が白金-白金の結合長に依存していることを突き止めました。白金-白金の結合長が変化することで、反応に寄与する電子構造に影響を及ぼし、活性が変化すると考えられます(図3)。
図3: コアシェル触媒の活性と白金-白金結合長の相関性
今後の展望
固体高分子形燃料電池では酸素還元極、水素酸化極ともに高価な白金を触媒として用いており、これがスタック製造コストを引き上げる原因となっています。また、白金は資源量の点からも問題が残されています。これらの観点から、白金使用量の飛躍的低減は燃料電池自動車や定置用コジェネレーションシステムの普及にとって不可欠の課題であり、現状と比較して10倍以上の触媒活性向上が求められています。このような固体高分子形燃料電池開発を取り巻く情勢を背景に、白金が本来有する機能を極限まで引き出し、触媒量を飛躍的に低減しても性能・耐久性を維持する電極触媒材料の要素技術開発が切望されています。コアシェル触媒では、コア部分の白金が不要となることに加えて、今回明らかにした白金-白金の結合長の制御による活性の向上が可能となり、白金使用量を1/10に抑えることが可能になります。確立された測定手法は今後、開発中のコアシェル触媒の解析に広く適用され、白金結合の情報を触媒設計にフィードバックし、さらなる高性能コアシェル触媒の開発が飛躍的に加速されるものと期待されます。
本研究は、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「固体高分子形燃料電池実用化推進技術開発/基盤技術開発/低白金化技術」(プロジェクトリーダー: 稲葉稔 同志社大学教授)の一環として行われたものです。
書誌情報
[DOI] http://dx.doi.org/10.1021/ja312382h
題目
Quantitating the Lattice Strain Dependence of Monolayer Pt Shell Activity toward Oxygen Reduction
著者名
王小明1、折笠有基1、武居佑起2、井上秀男3、中村将志2、湊丈俊4、星永宏2、内本喜晴1
所属名
1京都大学大学院人間・環境学研究科、2千葉大学大学院工学研究科、3石福金属興業株式会社、4京都大学産官学連携本部
掲載誌
Journal of the American Chemical Society