2013年2月12日
丸岡啓二 理学研究科教授、橋本卓也 同助教らの研究グループは、持続型・環境調和型のメタルフリー触媒である有機分子触媒を使った有機合成により、光学活性四置換アレンと呼ばれる、これまで合成が困難であった分子の高効率的合成に成功しました。この方法論の開発により得られた新しい分子は、そのものを部分骨格として組み込んだ新しい低分子医薬品として利用することや、合成中間体として用いることにより既存の医薬品合成の短工程化が期待できます。
本研究成果は、英国化学誌「ネイチャー ケミストリー(Nature Chemistry)」に、2013年2月10日(英国時間18時00分)に掲載されました。
背景
医薬品に使われる分子には光学異性体または鏡像異性体といわれる、同一の構造でありながら鏡面の関係にあり、互いに重なり合わない分子(いわゆる右手と左手の関係)が数多く用いられています。通常、この対になる二分子の一方の光学活性分子が医薬品の有効成分であり、他方の光学活性分子が実際の薬に混入することは許されません。分子と分子をつなぎ合わせる「反応」と、その反応を効率的に進行させる「触媒」の開発を基盤とする有機化学は、その問題の解決法として一方の光学活性分子のみを選択的に合成できる触媒的不斉合成法を発展させてきました。
とりわけ環境の世紀と謳われる21世紀になって以降、資源量が限られ、かつ環境毒性が問題となる金属を用いた触媒ではなく、炭素、窒素、酸素といった地球上に普遍的に存在する元素を巧みに組み上げたメタルフリー有機分子触媒を利用した持続型、環境調和型の触媒的不斉合成が脚光を浴びています。
研究手法・成果
今回、本研究グループでは、有機分子触媒の力を利用し、これまで合成の難しい分子と考えられていた光学活性四置換アレンを触媒的不斉合成することに成功しました。この光学活性四置換アレンは、アミノ酸などの通常の光学活性分子とは全く異なる構造と反応性を持つ分子です(図1)。本研究によりその供給法が確立することで、この構造を取り入れたこれまでにない新しい低分子医薬品の創出が期待されます。また、医薬品の合成中間体として使用することで、医薬品合成の簡略化も図ることができます。
図1:光学活性四置換アレンの模式図
・左右の図は中心線を軸に鏡面対称
・赤と青の部分は図の平面上、緑は図の奥、橙は手前
・この片方のみを触媒的不斉合成で選択的に作る
反応設計
これまで四置換アレンの触媒的不斉合成が実現されていない理由として、それら分子を直接合成できる反応がそもそも存在しなかったことがあります。そこで、この問題を克服するため、図2のような反応を開発しました。基質1は有機分子触媒Q+X-の作用により反応性に富んだ反応活性種を生じ、もう一つの違う基質と衝突し結合を作ることで四置換アレンを生じます。ここで触媒の不斉情報が基質に伝播しながら反応が起こることで、生成物は光学活性体として得られます。
図2
触媒設計
本研究室で独自に開発された有機分子触媒を基に、図3に示すような二つの触媒A、Bを今回の反応に併せてデザインしています。この触媒構造に金属は一切含まれておらず、水素、炭素、窒素、酸素およびハロゲンといった非金属元素のみから成り立っています。
図3
触媒的不斉合成
これら有機分子触媒AおよびBをそれぞれ、基質1と基質2のalleno-Mannich型反応と、基質3を相手とするアルキル化反応に適用することで、30種類以上の様々な光学活性四置換アレンを実際に合成することに成功しました(図4)。
1分子の触媒から最大50分子の四置換アレンがほぼ単一の光学活性体として合成できる
図4
波及効果
今回開発された手法により、構造が魅力的でありながら、これまで入手が困難であった光学活性四置換アレンを、持続性、環境調和性に配慮しながら供給することが可能となります。それら分子は新しい低分子医薬品の骨格に組み入れたり、また中間体として新しい医薬品合成ルートの開拓に用いたりといった展開につながります。
今後の予定
より一層の触媒の効率化を図り、さらなる低触媒量で量的供給ができる合成法となるよう研究開発を推し進めます。また同手法を用いて多種多様な光学活性四置換アレンの合成法を確立します。
用語解説
有機分子触媒
これまでの金属触媒に依存した有機合成からの脱却に向け、この十数年発展の著しいメタルフリー触媒。使用する元素として炭素、窒素、酸素、リン、硫黄、ハロゲンなど資源量および毒性が問題とならないものを使用することが特徴。
アレン
三つの炭素が二つの二重結合でつながった分子構造を基本とする有機化合物。アミノ酸などが中心性不斉と呼ばれる構造を持つのに対し、軸性不斉という異なる構造を持つ。
触媒的不斉合成
二つの光学異性体のうち片方の光学活性分子を触媒の作用により効率的に合成する手法。著名な例は野依良治教授により開発された不斉配位子BINAP・金属錯体を用いた不斉還元(2001年ノーベル化学賞)。
書誌情報
[DOI] http://dx.doi.org/10.1038/nchem.1567
Hashimoto Takuya, Sakata Kazuki, Tamakuni Fumiko, Dutton Mark J, Maruoka Keiji.
Phase-transfer-catalysed asymmetric synthesis of tetrasubstituted allenes.
Nature Chemistry, 2013/02/10/online
- 京都新聞(2月19日 25面)に掲載されました。