平成24年12月10日
左から高橋教授、田代教務補佐員、漆谷准教授
神経難病の一つである筋萎縮性側索硬化症(ALS)の原因は未だに多くの謎に包まれ、治療法が確立されていないのが現状です。今回、高橋良輔 医学研究科教授、田代善崇 同教務補佐員、漆谷真 滋賀医科大学分子神経科学研究センター准教授らの研究グループは、蛋白質分解異常に着目した遺伝子改変マウスの作製により、ALSの疾患再現に成功しました。この新たなALSモデルマウスの病巣で蓄積する異常蛋白質の解析や同定により、さらなるALSの機序解明や治療法の開発が期待できます。
この研究成果は、米国科学誌「ジャーナル・オブ・バイオロジカル・ケミストリー」の印刷版に掲載されました。
背景
筋萎縮性側索硬化症(ALS)は進行性の筋肉の萎縮と筋力低下を主症状とし、3年から5年程度で呼吸不全によって死に至る最難治性神経変性疾患の一種であり、有効な治療法は存在しません。近年、パーキンソン病など多くの神経難病では病巣に異常蛋白質が蓄積することが知られており、ALSにおいても、TDP-43やFused in Sarcoma (FUS)、オプチニューリンなどの蓄積が徐々に明らかになってきました。異常蛋白質は細胞内の蛋白質分解機構であるユビキチン・プロテアソーム系やオートファジー・リソソーム系で分解されるため、これらの機能障害が病因仮説として挙げられていましたが、ALSでは如何なる分解障害によって病的な蛋白質が蓄積するのかについて一定の見解はなく、動物で証明した研究は過去に存在しませんでした。
研究手法
ALSの主要な病巣である脊髄運動ニューロン特異的にプロテアソームとオートファジーに必須な分子を欠損するマウスをそれぞれ作製し、各々の蛋白質分解機構の障害とALS症状や病理学的異常の有無を詳細に調べました。
成果
プロテアソーム障害マウスは、8週齢以降に振戦(ふるえ)様症状や尻尾吊り下げ時の下肢伸展反射の低下(写真1)に始まる下肢の麻痺を呈し始め、徐々に歩行不能となるというALSと類似の症候を示しました。病理学解析では、プロテアソーム障害マウスの運動ニューロン数が進行性に減少し(写真2・表1)、ミクログリアやアストログリアの増殖とALSに特徴的なchromatolytic neuronやbasophilic inclusionを認めました。さらに、家族性ALSで遺伝子突然変異が知られているTDP-43、FUS、optineurin、ubiquilin2蛋白質が著明に蓄積していました。これに対して、オートファジー障害マウスの運動ニューロンではいくつかの特徴は見られたものの孤発性ALSとは異なる変化であり、ニューロン数の変化は無く、マウスの寿命に近い2年齢まで運動機能は正常でした。
写真1 下肢進展反射の低下
写真2・表1 運動ニューロン数の低下
写真3 孤発性ALSと類似の病理所見
波及効果
蛋白質分解の2大機構のうち、運動ニューロンにおけるプロテアソームの障害が孤発性ALSの発症に関わることが直接証明されました。蓄積蛋白質の解析によりALSの病態機序の解明と治療法の確立が期待できます。さらに本マウスは孤発性ALSの新たなモデル動物として治療開発研究を促進することが期待できます。
今後の予定
今回の遺伝子改変マウスを用いて、病態機序の解明や、治療効果が得られる薬の検索などを行い、ALSの根本治療に向けて研究を行っていきます。
用語解説
ユビキチン・プロテアソーム系
複数のサブユニットから構築される26Sプロテアソームが、ポリユビキチン化された基質を選択的に分解する蛋白質分解機構
オートファジー・リソソーム系
基質となる細胞内小器官などがオートファゴゾームと呼ばれる二重膜で取り囲まれ、リソソーム融合を経て、主に非特異的に分解される蛋白質分解機構
家族性
遺伝的な要因によって、家族より引き継がれて発症した例のこと
孤発性
遺伝的な要因を持たず、突発的に発症した例のこと
書誌情報
[DOI] http://dx.doi.org/10.1074/jbc.M112.417600
Tashiro Yoshitaka, Urushitani Makoto, Inoue Haruhisa, Koike Masato, Uchiyama Yasuo, Komatsu Masaaki, Tanaka Keiji, Yamazaki Maya, Abe Manabu, Misawa Hidemi, Sakimura Kenji, Ito Hidefumi, Takahashi Ryosuke.
Motor Neuron-specific Disruption of Proteasomes, but not Autophagy,
Replicates Amyotrophic Lateral Sclerosis.
Journal of Biological Chemistry. October 24, 2012.
- 京都新聞(12月11日 31面)、日本経済新聞(12月11日 16面)および科学新聞(1月18日 2面)に掲載されました。