もやもや病感受性遺伝子の特定とその機能についての発見

もやもや病感受性遺伝子の特定とその機能についての発見

2011年7月21日

 京都大学医学研究科環境衛生分野(小泉昭夫教授)、国立循環器病研究センター(橋本信夫総長)、京都産業大学(永田和宏教授)の3研究グループが中心となり、大阪大学医学研究科(高島成二准教授)、京都大学医学研究科脳神経外科分野(宮本享教授)、国立遺伝学研究所(藤山秋佐夫教授)、および韓国のソウル大学医学部(Dr. Jeong Eun Kim)、中国の北京人民解放軍病院(Liping Zou教授)、ドイツのチュービンゲン大学(Dr. Boris Krischek)、チェコのパラキー大学(Dr. Roman Herzig)との共同研究により、もやもや病感受性遺伝子の特定とその機能についての発見をしました(カッコは施設の責任者)。この研究成果は劉万洋研究員を筆頭著者として7月20日付午後2時(米国標準時間)にPLoS ONE で発表されました。

【論文情報】
“Identification of RNF213 as a Susceptibility Gene for Moyamoya Disease and Its Possible Role in Vascular Development”
(RNF213遺伝子のもやもや病の感受性遺伝子としての同定およびその血管形成に果たす役割の解明)
Wanyang Liu, Daisuke Morito, Seiji Takashima, Yohei Mineharu, Hatasu Kobayashi, Toshiaki Hitomi, Hirokuni Hashikata, Norio Matsuura, Satoru Yamazaki, Atsushi Toyoda, Ken-ichiro Kikuta, Yasushi Takagi, Kouji H Harada, Asao Fujiyama, Roman Herzig, Boris Krischek, Liping Zou, Jeong Eun Kim, Masafumi Kitakaze, Susumu Miyamoto, Kazuhiro Nagata, Nobuo Hashimoto, Akio Koizumi
(劉万洋、森戸大介、高島成二、峰晴陽平、小林果、人見敏明、箸方宏州、松浦範夫、山崎悟、豊田敦、菊田 健一郎、高木康志、原田浩二、藤山秋佐夫、Roman Herzig、Boris Krischek、Liping Zou、Jeong Eun Kim、北風 政史、宮本享、永田和宏、橋本信夫、小泉昭夫)
雑誌名:PLoS ONEhttp://dx.plos.org/10.1371/journal.pone.0022542
京都大学学術情報リポジトリ(KURENAI): http://hdl.handle.net/2433/143061

研究の背景

 もやもや病は、内頸動脈終末部の狭窄とその周辺で形成される異常な血管網を特徴とする疾患です。この疾患は1957年に竹内、清水ら東京大学グループによって、内頸動脈に閉塞を認める疾患として初めて報告されました。1968年には、工藤ら慶応大学グループが内頸動脈閉塞を病理学的に証明しました。「もやもや病」という特徴的な病名は鈴木、高久ら東北大学グループによる命名で、血管造影によって見える異常血管網がタバコの煙のもやもやとたちのぼる様子に似ていることからきています。1969年に初めて「Moyamoya disease」が論文で用いられ、命名のユニークさから現在では世界中で使われています。現在では、治療として唐沢ら京都大学および国立循環器病研究センターのグループが1978年に開発した外科的療法が行われ有効な治療として確立されています。本疾患は、発見から治療まで日本人によってなされてきました。

 もやもや病は、白人やアフリカ人では少なく、東アジアの日本、韓国および中国で頻度が高い疾患です。我が国では、約1万人に1名の頻度ですが、女性に多く、脳出血や脳梗塞として発症することで知られています。また小児期にも発症し、脳出血や脳梗塞で発症し、深刻な脳血管障害を生じると発達障害の原因となることが知られています。本疾患は難病の特定疾患に指定されており、おおよそ13000人の医療受給者がいます。また本疾患には、約15%に家族歴が認められ、遺伝素因の関与が疑われてきました。

 医学研究科環境衛生分野および脳神経外科分野は、15家系を用いて、2008年に17番染色体の長腕の終末部に遺伝子が存在することを見出し報告しました。しかし、この領域には遺伝子が、100個以上存在していました。また2010年には、この領域の遺伝子Raptorに一般人口では希少な多型が患者に高い頻度で見出されることを発見し、この多型を道しるべとして原因遺伝子が検索できることを報告しました。遺伝子を見出すため、国内外の症例をさらに集め、候補領域を絞り込むことにしました。今回最終的に一つの遺伝子に絞り込むことに成功するととともに、血管形成にかかわる遺伝子であることを明らかにすることができました。

論文での公表内容

 3世代にわたり家系内にもやもや病の患者がいる比較的大きな8家系について、遺伝子の存在する候補領域を17番染色体の1.5Mb領域に狭めることに成功しました。引き続き、次世代シークエンサーで全ゲノムに存在するおおよそ2.1万の遺伝子のエクソン配列を読みました。その結果、17番染色体の候補領域にあるRNF213という遺伝子の4810番目のアルギニンがリジンに代わる多型(p.R4810K)を、8家系の発症者全員で共有していることが分かりました。さらに、日本および韓国の42家系で家系内の発症者がこの多型を有しているかどうかを調べたところ、驚いたことにいずれの家系でも発症者は、この多型を有していることが分かりました。さらに、この遺伝子多型を含む39個の遺伝子多型を用いてこれら42家系の発症者全員を調べたところ、非常にまれな多型を含めて共有しており、これら42家系は全て同じ染色体断片を有していることが分かり、一人の共通の祖先から伝わっていると結論されました。また、共通の領域を含む260 kb(26万塩基対)の塩基配列の解読を行いましたが、見出された患者に共通する多型は、RNF213遺伝子のp.R4810KとFLJ35220のイントロン11の多型のみでした。後者の多型は、異常なmRNAの形成や遺伝子の発現抑制に結び付かないことから、RNF213遺伝子のp.R4810Kが機能異常に結びつく多型と結論されました。

 そこで、家族歴の有無を問わず、東アジアの患者と非患者を幅広く比較し調べたところ、日本人の患者では、161名中145名(90%)、韓国人の患者では、38名中30名(79%)、中国人の患者では、52名中12名(23%)がp.R4810Kを持っていました。また、この多型を持っていると日本人では約340倍、韓国人では約136倍、中国人では約15倍、もやもや病にかかりやすく、患者全体の251名では、非患者751名に比べ、約112倍かかりやすいことが分かりました。しかしこの一方で、非患者でもこの遺伝子を有する人が、日中韓でも2~3%程度いることも分かりました。

 さらに、p.R4810K以外のRNF213の多型を探索するため、東アジア人の患者、および白人において探索を行いました。その結果、もやもや病に罹患していない人では見つからない(p.D4863N, p.E4950D, p.A5021V, p.D5160E, p.E5176G)5つの多型を中国人患者40名中5名に見出しました。また白人では東アジア人と同じ多型であるp.R4810Kを持っている患者は見つかりませんでしたが、新たに4つの多型をドイツ人(43名中3名)とチェコ人(7名中1名で、その1名は家系例で家系内の発症者は全て多型を有していた)の患者に見出しました。これらの多型は東アジア人非患者757名、白人非患者384名には見出されませんでした。以上から、遺伝学的にRNF213の多型がもやもや病の発症に深くかかわると結論されました。また、白人で、もやもや病が少ない理由の一つとして、白人集団でp.R4810Kの多型が存在しないことが考えられました。

 そこで、RNF213 遺伝子をクローニングし、その遺伝子の機能を詳細に調べることにしました。まず、クローニングされたゲノムですが、公共のデータベースに登録されているものよりも塩基数が大きく、591-kDaの細胞質に存在するタンパクをコードしていることが分かりました。この新しい読み枠をAB537889として国際的データベースに登録しました(我々はこの遺伝子が、公共データベース上で登録されているRNF213と少し変わっているため、新たに見出された遺伝子をmysterinと呼んでいます。論文ではRNF213と記載しています(注1))。またこのタンパクの機能部位を試験管内で作り、機能を調べたところ、 タンパクのユビキチン化機能とATP分解機能を有する新たらしいタイプのタンパクでE3 ligaseの仲間であることも分かりました。

 この遺伝子は新規であるため機能情報が無く、本当に血管の形成にかかわる遺伝子であるかどうか分かりませんでした。そこで、ゼブラフィッシュでこの遺伝子の発現を抑制してみることにしました。発達期にこの遺伝子の発現を抑制すると、頭蓋内の眼動脈や脊椎動脈の分岐の異常が出ることが分かりました。特に、頭蓋内の眼動脈の分枝異常は過去に報告されたことのない非常に興味深いものでした(図1)。血管形成に重要な新たな遺伝子であることが分かりました。

 本研究により、もやもや病の感受性遺伝子(注2)が同定されるとともに、この遺伝子が頭蓋内血管の発達に関わる遺伝子であることが証明され、今後もやもや病のメカニズムの解明が大きく進展するものと期待されます。また、同時に本研究では、感受性遺伝子としてRNF213を同定しましたが、この遺伝子を持っている方が全て発症するわけでないことも分かりました。おそらく何らかの環境要因が関与するものと思われます。特にこの遺伝子の多型が3つの人種で保存されていることから東アジア人に共通した環境因子への選択圧による選別も考えられ、環境因子を明らかにすることで、予防に重要な進展が期待されます。

(注1)PLos ONE では、Human Genome Organization (HUGO)遺伝子命名委員会の命名法を用いることを義務付けています。この命名法は、種を超えた進化系統的な視点を重視するため、機能的あるいは構造的に新たな遺伝子であっても、人に特有でない限り新たな命名は許可されません。そこで、論文中ではRNF213を用いますが、特許などではmysterinを用いています。
(注2)感受性遺伝子:疾患への感受性を高める遺伝子のことをこのようにいいます。遺伝子異常だけで起こる原因遺伝子とは区別されます。

関連事項

 日中韓で共通する遺伝子の多型であるp.R4810Kは、おおよそ760世代前(推定で1万5千年)の共通の祖先にまでにさかのぼり、3つの国々の共通の祖先に由来する変異であることが分かりました(図2)。もやもや病は、このように長い東アジア人の歴史の中で広がってきた病気といえます。今後3国が協力しながら発症の予防、治療法の確立と、薬剤の開発を行うことが望まれます。

 我々が論文を投稿した2010年10月以降の2011年1月に東北大学のグループは、日本人のもやもや病の患者で高頻度にみとめられるRNF213の多型が存在することをJournal of Human Genetics (日本人類遺伝学会の学術雑誌)に報告しました。我々は今回、世界規模でもやもや病に取り組み、クローニングを基に大きさが公共データベース上の大きさと異なる新たな遺伝子であり、実験的に新たなクラスの機能するタンパクであることを証明しmysterinと命名し、発達期の血管形成に重要な因子であることを証明しました。

 今後、薬剤の開発とともに環境要因を同定することで、もやもや病の予防・診断・治療が大きく進展することが期待されます。既に京都大学では、mysterinに関する国内特許を2009年10月に出願し(国外特許の出願は2010年10月)、iPS細胞も樹立しており、薬剤開発と環境要因の同定に役立つことが期待されます。


正常

mysterin抑制
  1. 図1 ゼブラフィッシュにおけるmysterin抑制による眼動脈分枝異常
    mysterinを抑制すると、分枝する眼動脈(赤矢印)の数が増えるという異常が起こる

    

  1. 図2 もやもや病感受性多型の東アジアでの広がり

 

 

  • 朝日新聞(7月21日 37面)、京都新聞(7月21日 25面)、産経新聞(7月21日 24面)、日刊工業新聞(7月21日 29面)、日本経済新聞(7月21日 38面)、毎日新聞(7月21日 23面)および読売新聞(7月21日32面)に掲載されました。