産学官連携により、革新的な放射線蛍光プラスチック(商標名「シンチレックス」申請中)の開発に成功~安価で高性能な放射線検出器の製造に大きく前進~

産学官連携により、革新的な放射線蛍光プラスチック(商標名「シンチレックス」申請中)の開発に成功~安価で高性能な放射線検出器の製造に大きく前進~

2011年6月29日

 中村秀仁 京都大学原子炉実験所助教、高橋千太郎 同副所長、白川芳幸 放射線医学総合研究所研究基盤技術部長、清水久賀 帝人化成株式会社新市場開発部担当部長らは、放射線検出器の重要な部品であるプラスチックシンチレータと同等以上の性能でありながら、製造コストを10分の1以下に低減可能な革新的な放射線蛍光プラスチック(商標名「シンチレックス」申請中)の開発に成功しました。

 中村助教らの研究グループは、既にペットボトル樹脂(以下「PET樹脂)であるポリエチレンテレフタレートが放射線計測用シンチレータとして高いポテンシャルを持つことを発表していますが、産官学の連携の下に開発が加速され、今回の成果に結びついたものです。

 この放射線蛍光プラスチックは、蛍光量、屈折率、密度のいずれにおいても現行のプラスチックシンチレータを凌駕するばかりでなく、加工が容易で丈夫あるという特徴があります。また製造コストは10分の1以下にできると見込まれており、今後多くの放射線検出器に応用されると期待できます。特に東京電力福島第一原子力発電所事故の発生により、極めて広範な場面で放射線の計測の必要性が指摘されており、その莫大なニーズに応えることが可能な技術として大きく注目されます。

 本成果は、平成23年6月29日、欧州物理学会速報誌「Europhysics Letters (EPL) 」オンライン版に掲載されました。

 なお、「シンチレックス」は、共同開発を行った帝人化成株式会社より2011年9月に発売予定ですが、シンチレックスを用いた「放射線探知機」などについては現在開発が進められているところです。(2011年8月22日追記)

本研究成果のポイント

  • 現在製品化されている放射線測定用プラスチックシンチレータと同等以上の性能を持つ革新的な放射線蛍光プラスチック(商標名「シンチレックス」申請中)の開発に成功
  • 外国企業に市場を独占されているプラスチックシンチレータを用いた従来の放射線検出器と比較して、検出部について10分の1以下の価格で製造が可能
  • 原子力災害で高いニーズが見込まれる安価で丈夫な個人線量計、汚染検査サーベイメーター等の開発に大きく前進

研究の背景と目的

 放射線検出器は、放射線の管理に不可欠な機器で、世界の原子力発電所の放射線モニターとしても利用されています。放射線検出器には様々な検出素子が用いられていますが、プラスチックシンチレータは非常に有用な検出素子であり、世界で年間数十億円規模で使用されています。しかしながら、高価であるとともに、その市場は外国企業に独占されており、昨今の需要増を背景に、プラスチックシンチレータの価格は高騰しつつあります。また、プラスチックシンチレータでは、発生した光を効率よく検出するため表面に特殊な研磨を行う工程が必要であり、そのこともコスト高の要因になっています。

 中村助教らの研究グループは、こうした現行のプラスチックシンチレータの性能を超える素材の研究の探索を行い、世界的にも大量に使用され価格が非常に安いPET樹脂でも放射線が計測可能であることを示しました(平成22年5月19日報道発表)。しかしながら、通常のペットボトルPET樹脂の性能は、放射線が入射した際に発する蛍光量とその蛍光波長の二点で、プラスチックシンチレータに劣っていました。

 そこで、中村助教は、京都大学と放射線医学総合研究所を研究拠点とする研究グループと、高分子素材開発に世界トップクラスの技術力をもつ帝人化成株式会社と連携し、性能の向上と生産技術の開発に取り組み、今回の成果につながったものです。

   

研究手法と結果

 本研究では、PET樹脂と類似の分子構造を持ちながらプラスチックシンチレータの性能を凌駕するため、放射線蛍光プラスチックの分子構造を決定するモノマーを選択し、重合触媒を種々変更することにより、多種類のプラスチックを合成しました。これらのプラスチックについて、現在世界で最も使用されているSaint-Gobain社製のプラスチックシンチレータと性能を比較し、最終的に極めて高性能な放射線蛍光プラスチックの開発に成功したものです(表1)。このプラスチックは、商標名として「シンチレックス」と命名し申請しました。

   

 従来のプラスチックシンチレータは主に水素と炭素で構成されていますが、シンチレックスは、水素と炭素に加え酸素を主要な構成要素としており、非常に強い強度を持つプラスチックで、密度が1.33g/cm3以上、屈折率は1.65以上、最大波長は可視光領域、蛍光量は1MeVあたり1万光子以上であるなど、プラスチックシンチレータと同等以上の性能があることが示されました(図3・4・5)。

 シンチレックスのベース素材は、私達の生活に非常に身近なプラスチックの一つであるため、従来のプラスチックシンチレータと比較してコストを大幅に低減できます。また、加工が非常に容易であることから、様々な形状の放射線検出器の開発が可能です。

   

   

本研究成果と今後の展望

 シンチレックスは、現在販売されている高価なプラスチックシンチレータと代替する、もしくはプラスチックシンチレータの更新時に付け替えるだけで即時に幅広い領域へ利用できます。また、今後の開発研究により、空港、港湾設備、鉄道の駅などで違法な放射性物質を検査するための機器への使用や、放射線を視覚的に把握できる防護マスクなどへの応用も可能です(図6)。さらに、小中高等学校での放射線学習用の教材として販売の検討も行われています。

 放射線分野以外にも、その屈折率・蛍光波長の特性を生かし、通信事業の分野に応用することにより、低価格な光ファイバーの実用化も検討されています。

   

用語解説

シンチレータ

放射線があたると蛍光を出す物質のことです。放射線が物質を通過する際に、物質中の電子を少しエネルギーの高い状態(励起状態)にしますが、励起された電子は10万分の1秒から10億分の1秒という短い時間で元の状態に戻り、この時にシンチレーション光という光が出ます。1940年代になって波長変換剤を添加したシンチレータが開発され、シンチレーション光を使った放射線検出が行われるようになりました。プラスチックシンチレータは、可視光(青色)のシンチレーション光を放つため、通常の光センサーが持つ受光感度と相性が良く、幅広い用途で使用されています。

ポリエチレンテレフタレート

ポリエステルの一種で、頭文字を撮ってPETと略され、飲料容器として知られるペットボトルのほか、フィルム・磁気テープの基材、衣料用の繊維などに用いられています。熱可塑性の合成繊維の中では、その結晶性から比較的熱に強く、生産量が最も多いという特徴があります。その特徴により、ペットボトル等から繊維へといったリサイクルが比較的普及しています。

関連リンク

  • 論文は以下に掲載されております。
    http://dx.doi.org/10.1209/0295-5075/95/22001
    http://hdl.handle.net/2433/141973 (京都大学学術情報リポジトリ(KURENAI))
  • 以下は論文の書誌情報です。
    H. Nakamura, Y. Shirakawa, S. Takahashi and H. Shimizu. Evidence of deep-blue photon emission at high efficiency by common plastic. EPL (Europhysics Letters) Volume 95 Number 2 EPL 95 22001 doi:
    10.1209/0295-5075/95/22001

 

 

  • 朝日新聞(6月30日 9面)、京都新聞(6月29日夕刊 8面)、産経新聞(9月8日 9面)、中日新聞(6月29日夕刊 12面)、日刊工業新聞(6月30日 23面)、日本経済新聞(6月29日夕刊 18面)、毎日新聞(6月29日夕刊 1面)、読売新聞(6月29日夕刊 2面)および科学新聞(7月8日 2面)に掲載されました。
  • 日刊工業新聞主催の第6回モノづくり連携大賞特別賞に選ばれました。表彰式は11月10日に行われます。(2011年11月7日追記)