2010年11月29日
左から古山研究生、川口講師
川口 義弥 医学研究科講師らの研究グループの研究成果が科学誌「Nature genetics」の電子版で掲載されることになりました。
- 論文名:
Continuous cell supply from a Sox9-expressing progenitor zone in adult liver, exocrine pancreas and intestine
(成体肝臓・膵外分泌・腸におけるSox9陽性前駆細胞領域からの持続的細胞供給)
古山 賢一郎(筆頭著者、医学研究科 肝胆膵移植外科 研究生)、川口 義弥(責任著者、医学研究科 肝胆膵移植外科 講師)、秋山 治彦(責任著者、医学研究科 整形外科 産官学連携准教授)他
Nature Genetics 電子版 AOP: 2010年11月28日 13時00分(米国東部時間)
DOI: 10.1038/ng.722
研究の概要
成体臓器の生理的維持(細胞の入れ替わり)は論理上、(1)既存細胞の自己増殖と(2)幹細胞システム(幹・前駆細胞からの新たな細胞供給)の二つの独立した機構によって担われる。また、疾患や損傷などによる臓器障害後の再生能力が臓器によって異なることも上記二つの機構による細胞供給能力の総計の違いで説明できる。純粋な意味での“再生医療”が、ヒト臓器が本来備えている自己修復・再生能力を活性化するものであるとした場合、この二つのシステムの理解は極めて重要である。これまでの研究では肝臓や膵臓における既存細胞の自己増殖は示されていたが、成体肝臓・膵臓の生理的維持に関わる幹細胞の存在は証明されていなかった。私たちは「自己増殖能・多分化能といった胎生・成体幹細胞の持つ共通の特性を担うシステムを手がかりに成体肝・膵・腸管臓器幹細胞に迫る」という発想に基づき、多くの臓器形成過程の初期から発現して細胞分化の調節を行っている遺伝子Sox9に着目し、幹細胞マーカーの候補とした。
肝臓と膵臓外分泌組織は、枝分かれした樹状の管構造(胆管・膵管)に実際の臓器機能を担う細胞(肝細胞・膵外分泌細胞)が連結した共通の構造を持ち、胆管・膵管は十二指腸乳頭部を介して腸管に接続している。私たちは、ヒト、マウスにおいてこれら一連の樹状構造(胆管・膵管・十二指腸乳頭部・腸管陰窩)がSox9を発現しており(図1)、マウスを用いた細胞系譜解析法(図2)によって、成体腸管細胞、肝細胞、膵外分泌細胞は生理的条件下でSox9陽性前駆細胞領域からの持続的細胞供給を受けていることを証明した。あたかも樹木の幹・枝から芽や葉が生える様に、樹状のSox9陽性腸管陰窩・胆管・膵管構造に存在する幹細胞から新たな細胞(腸管細胞・肝細胞・膵外分泌細胞)が新生する(図3)。
- 図1: 胆管・膵管の樹状構造は十二指腸乳頭を介して腸管陰窩と連続したSox9陽性領域を形成する。
- 図2: 細胞系譜解析法の仕組み
タモキシフェン投与により、Sox9陽性細胞でCre酵素が活性化し、標識となるLacZの遺伝子が発現する。LacZ発現は子孫の細胞全てに引き継がれてゆき、容易に同定可能
- 図3: 植物における新生(発芽・落葉)のように、成体陽管・肝・膵外分泌細胞はSox9陽性樹状構造から持続的な細胞供給を受けながら臓器維持しているが、膵管構築から隔絶されている膵内分泌細胞は新たな細胞供給を受けない。
さらに、胎生期にはじまる臓器形成過程におけるSox9陽性細胞の振る舞いを解析した結果、組織構築形成にともなう幹細胞システム変換が観察された。胎生期の肝臓はSox9陰性肝芽細胞から生じるが、発生中期に胆管構造が形成される時期を境として、Sox9陽性幹細胞からの肝細胞分化が始まることがわかった。造血臓器として機能している胎生期肝臓が、成体における代謝中枢臓器へと、その機能転換の準備を始める時期に幹細胞システムの変換が起こると考えられる。一方、膵臓においては、胎生膵Sox9陽性細胞は、内分泌・外分泌を含む全ての膵細胞へと分化したが、出生後数日以内に内分泌細胞への分化能力を失い、外分泌特異的幹細胞へと変換することが分かった。これは内分泌細胞塊が膵管構築を離れ、独立した機能単位としての膵島構造を形成する時期に一致しており、注目に値する(図4右)。
- 図4: Sox9と成体肝臓・膵臓・腸幹細胞システム
以上の結果から、臓器の組織構造と機能・幹細胞システムは互いに関連したものであるという新しい概念を導くことができる(図4左)。つまり、成体腸管、肝臓は構造的に極めて類似した機能単位を形成しており、この1単位が腸液・胆汁の分泌といった外分泌機能と、吸収した栄養分や代謝産物の血流への放出といった一種の内分泌機能の両方を担っている。この機能単位はSox9陽性前駆細胞領域(腸管陰窩・胆管)と連続しており、ここからの新規細胞供給を受けている。ところが、膵臓においては外分泌機能と内分泌機能は独立した機能単位で担われており、外分泌組織は腸管・肝臓と同様に連続したSox9陽性領域(膵管)からの細胞供給を受けるが、構造的に隔絶された内分泌組織(膵島)はこの幹細胞システムから逸脱している。これは糖尿病治療の困難さの一面を説明しているかもしれない。
また、種々のマウス肝障害モデルと細胞系譜解析法の組み合わせから、肝障害時にSox9陽性幹細胞からの細胞供給システムが強まることが判明した。今後、癌を含む肝臓・膵臓・腸の疾患を幹細胞システムの異常という観点から見直すというコンセプトにより、病態の更なる解明や治療法開発のヒントが導き出されることが期待される(図5)。
- 図5: 今後の展望
関連リンク
- 論文は、以下に掲載されております。
http://dx.doi.org/10.1038/ng.722 - 以下は論文の詳しい書誌情報です。
1. Furuyama K, Kawaguchi Y, Akiyama H, Horiguchi M, Kodama S, Kuhara T, Hosokawa S, Elbahrawy A, Soeda T, Koizumi M, Masui T, Kawaguchi M, Takaori K, Doi R, Nishi E, Kakinoki R, Deng JM, Behringer RR, Nakamura T, Uemoto S. Continuous cell supply from a Sox9-expressing progenitor zone in adult liver, exocrine pancreas and intestine [Internet]. Nat Genet 2010 Nov.
- 朝日新聞(12月7日 30面)、京都新聞(11月29日 22面)、日刊工業新聞(11月29日 16面)、日本経済新聞(11月29日 11面)および読売新聞(12月27日 10面)に掲載されました。