自己フィーダー細胞を用いたヒトiPS細胞の樹立、培養に成功 -医療応用可能なiPS細胞作製に向けて一歩前進へ-

自己フィーダー細胞を用いたヒトiPS細胞の樹立、培養に成功 -医療応用可能なiPS細胞作製に向けて一歩前進へ-

2009年12月2日

 人工多能性幹細胞(iPS細胞)は、体細胞に多能性誘導因子を導入することで樹立され、様々な細胞に分化する多能性を持ちます。免疫拒絶や倫理的な問題が回避されると考えられ、将来、病態の解明、薬剤の有効性、副作用、毒性評価への活用、さらには細胞移植治療の開発への応用が期待されています。しかし、それに先立ち、安全で医療に応用可能なiPS細胞の作製方法を確立する必要があります。

 高橋和利 物質-細胞統合システム拠点iPS細胞研究センター講師と山中伸弥 同iPS細胞研究センター/再生医科学研究所教授らの研究グループは、新生児または成人から提供された皮膚線維芽細胞を自己フィーダー細胞として用いてヒトiPS細胞を樹立し、培養できることを見出しました。作製されたiPS細胞は正常な核型を示し、分化多能性があることも確認しています。

 従来、マウス線維芽細胞をフィーダー細胞として用いてヒトiPS細胞を樹立、培養してきましたが、本研究結果は、ヒト皮膚線維芽細胞はiPS細胞の資源になると同時に、フィーダー細胞として利用可能であることを示唆しています。

 また、自己フィーダー細胞を用いることにより、未知の病原体等を含有する可能性のある動物性フィーダー細胞を用いることを回避できることを示したもので、臨床応用水準のiPS細胞の作製方法の確立に貢献するものと考えられます。

 なお、本論文の実験に用いたヒト皮膚線維芽細胞14株のうち、5株は独立行政法人医薬基盤研究所(NIBIO)より提供されたものです。

  • 論文名
    "Human induced pluripotent stem cells on autologous feeders"
    「自家フィーダー細胞によるヒトiPS細胞」
    Kazutoshi Takahashi, Megumi Narita, Midori Yokura, Tomoko Ichisaka and Shinya Yamanaka

研究の背景

 iPS細胞は、山中伸弥教授らの研究グループがマウスの線維芽細胞に4因子(Oct3/4, Sox2, Klf4, c-Myc)をレトロウイルスベクターで導入することにより、世界で初めて樹立され、2006年に発表されました。2007年には、ヒトiPS細胞の樹立成功を報告しています。iPS細胞は、ES細胞(胚性幹細胞)に似た形態、遺伝子発現様式をもち、また、高い増殖能性と様々な組織の細胞に分化できる多能性を併せ持ちます。採取に差し支えない組織細胞から樹立できるiPS細胞は、ES細胞が直面する倫理的問題や移植後免疫拒絶を回避し、細胞移植治療への応用が期待されています。

 しかし、細胞移植治療に応用可能なiPS細胞を作製するには安全性などの様々な課題を解決する必要があり、iPS細胞の樹立、培養に不可欠なフィーダー細胞の改善もその一つです。

 従来、ヒトiPS細胞は、マウス胎仔線維芽細胞(以下、MEFと表記)をフィーダー細胞にして樹立、培養されてきました。しかし、マウス由来フィーダー細胞を使用することで、外来性抗原、未知のウイルス、人畜共通病原体でヒトiPS細胞が汚染する可能性があります。フィーダー細胞を用いず、特殊な培地のみでヒトES細胞を培養した例も報告されていますが、染色体の不安定化につながる可能性が指摘されています。

 これらの問題を回避するために、新生児皮膚線維芽細胞やヒトES細胞由来線維芽細胞をフィーダー細胞としてヒトES細胞の増殖に用いた研究も報告されていますが、他人由来の細胞をフィーダー細胞として用いることは、未知のウイルスやプリオンなど病原体による感染を起こす可能性があります。

 本研究では、臨床応用のための技術開発においてiPS細胞作製の資源であるヒト皮膚線維芽細胞(以下、HDFと表記)を、同時にフィーダー細胞としても用いることが理想的であると考え、その可能性を調べました。

研究成果

(1) HDFをフィーダー細胞として用いた培養

 HDFをフィーダー細胞として用いてヒトiPS細胞の増殖維持が可能かを調べました。

 まず、4人から採取された4種類のHDF株(成人から採取された1388株、1392株、1503株、および新生児から採取されたNHDF株の合計4種類)とSNL細胞をフィーダー細胞としてそれぞれ培養皿に播種しました。その上に、ヒトiPS細胞(201B7)をそれぞれの培養皿に播きました。この201B7ヒトiPS細胞は、マウス線維芽細胞で樹立・培養され、この時点で20継代培養したものでした。上記の5種類のフィーダー細胞を用いて培養したところ、その後、いずれの種類でも少なくとも19継代、ヒトiPS細胞の培養が可能でした。(図1参照)これらの結果は、成人由来のHDFが多能性幹細胞のフィーダー細胞として使用可能であることを示しています。

    

  1. 図1 フィーダー細胞を用いた培養

(2) 自己フィーダー細胞を用いたヒトiPS細胞の樹立・培養、およびフィーダー細胞を用いないヒトiPS細胞の樹立培養

 次に、自己フィーダー細胞を用いてヒトiPS細胞の樹立・培養が可能であることを確認するための実験をしました。

 まず、レトロウイルスベクターを用いて4因子を上記4種類のHDFに導入しました。導入後6日目に、4種類と同系のHDFフィーダー細胞(自己フィーダー細胞)をそれぞれ準備した培養皿に遺伝子導入されたHDFを播種しました。遺伝子導入から約3週間後、ES細胞様のコロニーが観察されました。

 形成された4種類のヒトiPS細胞を単離し、それぞれの自己フィーダー上に移しました。その後、iPS細胞は、未分化状態を維持したまま正常に増殖し、少なくとも18継代が可能でした。

 自己フィーダー細胞上で培養されたiPS細胞における遺伝子発現を解析したところ、iPS細胞株における未分化細胞マーカーの発現レベルは、SNLフィーダー細胞で樹立されたヒトiPS細胞やES細胞と同等であり、細胞核が初期化されたことを確認しました。また、自己フィーダー細胞で培養されたiPS細胞は26継代後でも正常な核型を示していました。

 次に、自己フィーダー細胞上で樹立・培養されたヒトiPS細胞の分化多能性解析を行いました。ES細胞の分化誘導研究で一般的な方法である胚様体形成による試験管内分化誘導を行ったところ、内胚葉、中胚葉、外胚葉への分化を示すマーカー遺伝子の発現を確認しました。

 また、樹立されたヒトiPS細胞を免疫不全マウスに注入し、テラトーマ(奇形腫)の形成を観察しました。すべての細胞株で上皮細胞(内胚葉)、軟骨(中胚葉)、神経冠様構造(外胚葉)など様々な組織を含むテラトーマの形成を確認しました。これらの結果は、自己フィーダー細胞で樹立・培養されたヒトiPS細胞に分化多能性があることを示しています。

    

  1. 図2 自己フィーダー細胞を用いたiPS細胞の樹立・維持

今後の展開

 最近の研究報告で、ヒト胎児線維芽細胞を自己フィーダー細胞として用いてiPS細胞を樹立、培養したという報告があります。本研究では新生児および成人の皮膚線維芽細胞から自己フィーダー細胞を用いてiPS細胞を樹立、培養が可能であることを見出しました。つまり、ヒト皮膚線維芽細胞は、iPS細胞の資源はもちろんのこと、フィーダー細胞として機能することを示しています。さらに、皮膚線維芽細胞がフィーダー細胞として機能するので、患者に由来しない、従来のフィーダー細胞を用いずに、ヒトiPS細胞の樹立可能であることも確認しました。

 異種成分を含まない樹立・培養方法の確立が医療応用可能なiPS細胞の作製で重要とされています。この研究結果は、その目的に近づく大きな一歩だと考えられます。また、iPS細胞を作製する手順の効率化につながり、GMP準拠の細胞調製にも寄与するものです。

 しかし、SNLフィーダー細胞の方が、HDFフィーダー細胞より、継代し易いことも確認しています。また、本研究で用いた4種類のHDFでiPS細胞の樹立、培養が可能であるから、即すべてのヒト線維芽細胞で同様のことが言えるとは限りません。1388株、1392株、1503株、NHDF株を含む14種類のHDF株をフィーダー細胞として用いて、ヒトiPS細胞の培養維持が可能かどうかを調べたところ、11種類では可能でしたが、3種類では培養できませんでした。

 今後は、上記のフィーダー細胞に関する課題や動物性の成分が含まれる培地についても検討し、より安全性の高い、細胞移植治療への応用可能なiPS細胞の樹立・培養方法の確立に向けて研究を進めていきます。

本研究への支援

本共同研究は、下記機関より資金的支援を受け実施されました。
文部科学省「再生医療の実現化プロジェクト」「特別推進研究」
独立行政法人医薬基盤研究所(NIBIO)「保健医療分野における基礎研究推進事業」
独立行政法人科学技術振興機構(JST) 「戦略的創造研究推進事業」

論文に掲載された図表

注)PLoS ONEはCreative Commons Attribution Licenseを採用しているため、論文に掲載された図表を再使用する場合に著者やジャーナルの許可を得る必要はありませんが、論文の著者名およびジャーナル名を明記してください。

(A) 自己フィーダー細胞上に樹立されたヒトiPS細胞
ヒト皮膚線維芽細胞(HDF)に4因子導入後、25日目の写真

(B) AのヒトiPS細胞を自己フィーダー細胞上に移して培養した写真
(右下白い棒線は200μmを示している。)


3継代目(導入後26日目)

18継代目(導入後133日目)

(C) 自己フィーダー細胞を用いて樹立・培養されたヒトiPS細胞を免疫不全マウスに注入し形成されたテラトーマの写真