神経軸索の成熟と髄鞘形成のメカニズムの解明

神経軸索の成熟と髄鞘形成のメカニズムの解明

2009年11月23日


左から西准教授、
大野美紀子 大学院医学研究科4回生

 西英一郎 医学研究科産学官連携准教授らの研究グループは、ナルディライジンと呼ばれるタンパク質が神経細胞軸索の成熟と髄鞘形成を制御することを明らかにし、神経系ネットワーク成熟の新たな分子機構を提示しました。髄鞘の障害によって生じる多発性硬化症や、損傷を受けた神経の再生におけるナルディライジンの意義を追求することにより、これらの新たな治療法の開発に繋がることが期待されます。

研究成果の概要

 私たちは神経系によって、感じ、動き、考えることができます。神経線維とは、脳へ送られたり、脳から送り出されたりする電気信号を伝える配線であり、その最小単位は神経細胞(ニューロン)です。神経細胞は、軸索という細胞体から長く伸びる特有の構造を持ち、神経細胞に入力された情報は、この軸索を通って伝達されます。情報が伝達されるスピード(神経伝達速度)は軸索の径に依存しますが、このスピードを大幅に高めるのが、軸索を取り巻いて絶縁体として働く髄鞘という構造です。髄鞘は絶縁体として、情報の混線を防ぐ働きも持ちます。従って、軸索成熟(径が太くなること)と髄鞘形成は、神経系ネットワークにおいて、情報伝達の速度と精度を決定付ける極めて重要な要素といえます。

 髄鞘はグリア細胞(中枢神経ではオリゴデンドロサイト、末梢神経ではシュワン細胞)から供給され、神経細胞の軸索が一定の径に達すると、髄鞘形成が開始されます。軸索が髄鞘化された後も、軸索と髄鞘の相互作用によって、お互いが成熟していくものと考えられています(図1)が、その分子機構は明らかではありませんでした。

   

  1. 図1.軸索成熟と髄鞘形成

 今回の研究で本研究グループは、ナルディライジンというタンパク質が、神経細胞軸索の成熟と髄鞘形成を制御することを明らかにしました。ナルディライジンは、メタロプロテアーゼという酵素の一種で、細胞外ドメインシェディングという、膜タンパク質の細胞外にある部分を切り出す現象を制御していることがわかっていました。

 このタンパク質の生体内における働きを明らかにするために、ナルディライジン欠損マウス(Nrd1-/-マウス)を作製しました。Nrd1-/-マウスの脳重量は、野生型マウスと比較して軽く、大脳皮質は薄くなっていることがわかりました(図2)。大脳皮質における神経細胞の数は減少していなかったことから、神経細胞体以外の部分を検討したところ、軸索と髄鞘に低形成を認めることがわかりました。電子顕微鏡による詳細な検討により、1)Nrd1-/-マウスにおいて髄鞘形成の開始が遅延していること、2)Nrd1-/-マウスにおいて、有髄線維の数が少なく無髄線維の数が多いこと(図3)、3)Nrd1-/-マウスの有髄線維において、軸索の径が小さく髄鞘厚が薄いこと、が明らかになりました。さらに、Nrd1-/-マウスとは逆に、神経細胞特異的にナルディライジンを強く発現するマウス(NRDc-Tg)を作製したところ、髄鞘は厚くなりました(図4)。以上から、ナルディライジンが中枢神経における軸索成熟および髄鞘形成に必須であり、その発現量に依存して髄鞘形成が制御されていることが明らかになりました。また、Nrd1-/-マウスの坐骨神経の解析から、ナルディライジンは中枢神経同様、末梢神経においても軸索成熟および髄鞘形成を制御していることが明らかになりました(図5)。




図2.(左パネル)Nrd1-/-マウスにおける大脳皮質の菲薄化
(右パネル)神経細胞数の減少は認めない


図3.Nrd1-/-マウスの中枢神経(脳梁)における有髄線維の減少


図4.ナルディライジン過剰発現マウスにおける髄鞘過形成


図5.Nrd1-/-マウスの末梢神経(坐骨神経)における髄鞘低形成

 次に我々は、Nrd1-/-マウスの解剖学的表現型が、神経機能に及ぼす影響を検討しました。その結果、Nrd1-/-マウスの運動機能および認知機能が低下していることが明らかになりました。記憶力のテストにおいて、Nrd1-/-マウスは人間の初期認知症と同じパターンを呈しました。

 ナルディライジンは、神経軸索側に発現していますが、髄鞘を供給するグリア細胞側には発現していません。ナルディライジンが欠損すると、ニューレギュリン1(NRG1)という、やはり軸索側に発現している膜タンパク質の切り出し(細胞外ドメインシェディング)が不充分となり、グリア細胞に髄鞘形成を促す命令が充分伝わらないことがわかりました。

 以上から、ナルディライジンが、中枢および末梢神経において、少なくとも一部はNRG1のシェディング調節を介して、軸索および髄鞘形成を制御していることが明らかになりました。

 今回の研究結果は、神経系ネットワーク成熟の新たな分子機構を提示しました。今後、髄鞘の障害によって生じる多発性硬化症、損傷を受けた神経の再生や認知症におけるナルディライジンの意義を追求し、これらの新たな治療法の開発に繋げていきたいと考えています。

 

  • 朝日新聞(12月15日 20面)、京都新聞(11月23日 26面)、産経新聞(11月23日 2面)、日刊工業新聞(11月23日 15面)、日本経済新聞(11月23日 12面)、毎日新聞(11月23日 2面)および読売新聞(11月23日 2面)に掲載されました。