2009年3月6日
責任著者 京都大学大学院経済学研究科 教授 依田 高典
第一著者 甲南大学経済学部 准教授 後藤 励
共同著者 奈良女子大学保健管理センター 教授 高橋 裕子
共同著者 京都大学 副学長 西村 周三
依田高典 経済学研究科 教授らの研究グループは、時間に対する忍耐強さ、リスクに対する慎重度のような経済心理学的変数が優れた禁煙成功の予測因子であることを明らかにしました。
なお、この研究成果は「平成19年度厚生労働科学研究費補助金(循環器疾患等生活習慣病対策総合研究事業)各種禁煙対策の経済影響に関する研究」(研究申請者 高橋裕子 奈良女子大学保健管理センター 教授)の研究成果の一部であり、英国医学誌「Addiction」から発表される予定です。
論文名:
Goto, R., Y. Takahashi, S. Nishimura, and T. Ida(2009) "Time and risk preference parameters and the success of smoking cessation," Addiction, forthcoming.
研究の概要
国民の健康への関心の高まりから、喫煙率の減少は社会的な目標であり、禁煙の成功要因に関する疫学的研究、医療経済学的研究が注目を集めている。しかしながら、従来、禁煙外来での指導を受けていない一般住民をサンプルにした大規模な追跡調査は希有であった。我々の研究では、一般の喫煙者の中で直近1ヶ月以内に禁煙を開始した689名を対象に、5ヶ月間の追跡調査を行った。
先行研究では、年齢、性別、学歴、所得などの社会的属性の他に、ニコチン依存度、禁煙成功の自信、過去の禁煙経験、禁煙成功時の便益などの個人的属性が禁煙の成否に関与する重要な変数とされてきた。我々の研究では、それらの要因に加えて、時間に対する忍耐強さ(時間選好率)、リスクに対する慎重度(危険回避度)のような経済心理学的変数が優れた禁煙成功の予測因子であることを学術的に明らかにした。
研究の方法
2007年5月、モニター調査会社(NTTレゾナント株式会社・Gooリサーチ (http://research.goo.ne.jp/) )に登録している全国の成人85,900人を対象に、20~77才の喫煙者の中で、直近1ヶ月以内に禁煙を開始したもの689名を抽出し、5ヶ月にわたる追跡調査を行った。(図1)
追跡調査は、毎月、定期的に禁煙の継続状況、心理状況、健康状況を質問する形態で実施され、禁煙開始後、1本でも喫煙した場合は禁煙失敗とみなした。禁煙開始直後、禁煙失敗時、禁煙5ヵ月継続時に、時間選好率、危険回避度に関する経済心理学的な変数の計測を実施した。
図1: 5ヶ月間の禁煙追跡調査
サンプル対象が禁煙開始後2週間程度経過しており、主にニコチン濃度が下がることに起因するイライラという肉体的な離脱を克服した長期禁煙者を対象としているので、5ヵ月後禁煙成功率は52.8%と高い。最初の1ヵ月は禁煙失敗率は24%と大きいが、その後、禁煙失敗率は逓減する。
分析の結果
時間割引率が低いほど、つまり将来の利得を重視し時間に対する忍耐強さが強いものほど、禁煙成功確率が高かった。また、危険回避度が高いほど、つまりリスクに対する慎重度が高いものほど、禁煙成功確率が高かった。(図2)
喫煙を将来の健康を損なう行為、健康リスクを過小評価する行為と見なせば、時間選好率、危険回避度が禁煙成功の優れた予測因子であることは妥当である。また、時間選好率や危険回避度は、教育、貯蓄、アルコール依存、多重債務など、様々な正負の経済行動とも密接に相関していると考えられる。
従来の禁煙政策は、たばこ税の引き上げ、喫煙条例などの規制、ニコチン代替療法など対症的対策が中心であったが、個々人の経済心理学的要因を踏まえた禁煙指導、健康教育など予防的対策の確立が望まれる。
図2: 禁煙成功者、禁煙失敗者の時間選好率、危険回避度
禁煙成功者は時間選好率が月間5%で、現在の100円と1年後の189円を等価と見なす。対して、禁煙失敗者は時間選好率が月間8%で、現在の100円と1年後の253円を等価と見なす。以上から、禁煙成功者は時間に対してより忍耐強いと言える。
禁煙成功者は相対的危険回避度が0.279で、確実な100円と確率50%の262円を等価と見なす。対して、禁煙失敗者は相対的危険回避度が0.092で、確実な100円と確率50%の215円を等価と見なす。以上から、禁煙成功者はリスクに対してより慎重と言える。
- 朝日新聞(3月14日 29面)、京都新聞(3月7日 36面)、産経新聞(3月7日 28面)および毎日新聞(3月10日夕刊 1面)に掲載されました。