2009年2月24日
玄 丞烋 再生医科学研究所准教授らの研究グループは、再生医療用の幹細胞や家畜増産のための受精卵、さらに食品、医薬などの冷凍保存や凍結乾燥製品への応用に期待できる、安価でしかも安全な新規凍結保護物質(不凍ポリアミノ酸)を開発しました。
写真は玄丞烋 准教授(左)と松村和明 特任助教(右)
背景
現在、生物学や医学分野において非常に多くの研究が培養細胞を用いて行われており、細胞の凍結保存は細胞を利用した研究に欠かせないものとなっています。培養細胞だけでなく、受精卵や精子などの生殖細胞や再生医療用の幹細胞、血液細胞なども凍結保存されています。その際、細胞の機能や生存率をできるだけ維持するため、凍結に由来する様々な障害を防止する目的で凍害防御剤を添加する必要があります。凍害防御剤としては例えば、工業用有機溶剤のジメチルスルホキシド(DMSO)、グリセリン、あるいは食品添加物のトレハロースなどが挙げられます。DMSOは細胞内に浸透し氷晶の形成を抑制することで凍結時の細胞へのダメージを軽減していると言われています。しかしDMSOは毒性が高く解凍時に速やかに除去する必要があり、また細胞によっては分化に影響を及ぼすなどの問題点があるといわれています。グリセリンやトレハロースはDMSOに比べると凍害防御能が低く、DMSOなどと組み合わせて用いるなどの工夫が必要とされます。DMSOが細胞の凍結保存に効果があることが発見されてから約半世紀が経過しておりますが、代替物質はほとんど研究されておらず、毒性が低く効果の高い凍害防御剤の開発が望まれています。また、現在使用されている凍結保存剤には牛血清やアルブミンなどのタンパク質が細胞保護剤として添加されており、再生医療用などへの応用には安全性の面で問題があります。一方、植物や魚類、昆虫などが産生する不凍タンパク質や不凍糖タンパク質の添加が知られています。しかし、この不凍蛋白質や不凍糖蛋白質は凍結濃縮を防止する効果には優れているものの、あまりにも高価(130万円/g)で食品などへの応用には限界があります。そこで我々は、不凍タンパク質と同等な凍結濃縮を防止する効果を持ち、再生医療用の幹細胞や家畜増産のための受精卵、さらに食品、医薬などの冷凍保存や凍結乾燥製品への応用に期待できる、安価(30円/g)でしかも安全な不凍ポリアミノ酸を開発しました。今回われわれが開発したポリアミノ酸は、両性高分子といわれる一分子内に正電荷と負電荷を共に持つ高分子化合物であり、細胞毒性が低く、タンパク質を添加せずに高い凍害防御効果が得られました。
研究成果の概要
われわれはポリリジンという食品添加物として使用されているポリアミノ酸を用いて、カルボキシル基とアミノ基を種々の割合で持つ高分子化合物を合成し、培養液に溶解して凍結保存液として用いました。マウス線維芽様細胞L929およびヒト間葉系幹細胞を凍結に使用したところ、どちらの細胞も血清無添加にも関わらず90%以上の生存率を示すことが確認され、10%DMSO溶液で凍結保存した場合よりも高い生存率を示しました。カルボキシル基とアミノ基の割合は50:50~80:20 (mol/mol)程度で最も凍結保存効果が高く(図1)、ポリカルボン酸、ポリアミン、そのものでは効果はほとんど見られませんでした。この化合物は細胞毒性がDMSOに比べて低く、解凍後除去しなくても細胞が生存して増殖することも確認しました(図2)。また、ヒト間葉系幹細胞が持つ多能性も維持したまま凍結保存され、機能に悪影響を与えず保存できることも確認しました。本両性高分子は凍結時の氷の再結晶化を抑制することで凍結時の細胞へのダメージを軽減している可能性があることがわかりました。この作用は不凍タンパク質が持つ性質の一部で、不凍タンパク質としての用途も期待されます。たとえば不凍タンパク質を添加し、その氷再結晶抑制効果を利用することで食品の凍結保存時の品質の低下を防ぐと言った試みがあります。通常、氷結晶は不純物を排除しながら成長するため、寒天などのゲルを凍らせた場合、凍結濃縮が起こり氷と寒天の分子が相分離しゲルの内部構造が破壊され、解凍後はゲルの状態を保つことができません。一方、今回開発した両性高分子を添加すると、解凍後もゲル構造が保たれています(図3)。これは両性高分子が氷の核に吸着することで結晶成長を抑えているためと考えられます。このように本両性高分子は、半世紀来開発が望まれていたDMSO代替物質としての再生医療や医学・生物学研究のための細胞の低毒性凍結保存という効果に加え、その氷の再結晶化抑制効果による食品凍結保存剤としての応用も期待される高機能性の高分子材料です。
図1: 両性高分子(polyampholyte)中のカルボキシル基の割合とその細胞凍結保存効果。(両性高分子は7.5%溶液、PH7.4を凍結保存液として使用)
カルボキシル基の割合が0.5~0.76程度において解凍直後(0h)、6時間培養後(6h)ともに、10%DMSO保存液よりも高い生存率を示している。
左: 10%DMSO 右: 7.5%本両性高分子
図2:解凍後保存液を洗浄せずにそのまま播種した場合、10%DMSO保存液ではすべての細胞が死んでしまうのに対し、両性高分子含有保存液では細胞が接着し良好に増殖することが確認された。
左: 無添加 右:両性高分子添加
図3: 凍結解凍後の1.5%アガロースゲル
両性高分子添加系では解凍後もゲルの形がしっかり残っており、均一である。均一性の評価のため、赤色色素を添加してある。
- 科学新聞(4月3日 2面)、京都新聞(2月25日 25面)、産経新聞(2月25日 27面)、日刊工業新聞(2月25日 28面)および毎日新聞(3月4日 21面)に掲載されました。