2008年3月31日
依藤 亨 医学研究科講師(発達小児科学)らの研究グループは、わが国の正常新生児に潜在性のビタミンD欠乏症が非常に多いことを明らかにするとともに、今回の研究で特に母乳栄養児ではビタミンD欠乏の改善が遅れることを明らかにしました。
- 発表論文
- Craniotabes in normal newborns; the earliest sign of subclinical vitamin D deficiency. The Journal of Clinical Endocrinology and Metabolism 4月掲載予定
論文の要旨
ビタミンDは、骨・カルシウム代謝に重要なビタミンで不足するとくる病(骨の変形、骨折)や低カルシウム血症によるけいれんなどをおこします。また、最近はビタミンDの骨外作用も注目されており、欠乏状態にある人では悪性腫瘍や神経系の難治疾患の発症頻度が高いことが報告されています。ビタミンDは食事から摂取される他に、日光の働きで皮膚で合成される事が知られています。ビタミンD欠乏症は日光の弱い北欧や皮膚を隠す習慣のある民族以外ではまれであると考えられていましたが、近年先進諸国においても決してまれではないことが報告され、また本邦の小児科領域でも骨変形、けいれんなどで受診する患者さんが増加しています。
私たちは、今回一見正常と考えられる新生児におけるビタミンD欠乏症の頻度と栄養法による予後の違いを検討しました。ビタミンD欠乏症の指標として新生児の産科退院時の頭蓋癆(頭蓋骨を指でおすとピンポン球のようにへこむ状態)に注目し検討しました。京都市内の一般的なお産をあつかう産婦人科病院で1年間に出生し、正常と考えられた1120人を対象に頭蓋癆の有無を生後5-7日目に検討したところ、22%にあたる246人に頭蓋癆が認められました。従来正常新生児の頭蓋癆は病的ではないのではないかとの意見もありましたが、一年間を通して発症率をみると明らかな季節変動があり、4-5月出生の児に最も頻度が高く、11月出生の児で最も低頻度でした。これは、ビタミンD欠乏による他の症状と同様の在胎中の日照時間による季節変動で、正常新生児の頭蓋癆は在胎中のビタミンD欠乏症に関連するものと考えられました。続いて、新生児期に頭蓋癆が認められた児の 1ヶ月検診時点で検査を行ったところ、頭蓋癆が認められた児では、正常対象と比較して、くる病の際に上昇する血中ALPが明らかな高値を示し、37.3%では血中ビタミンD量の指標である25-OH ビタミンDが低値を示しました。また、くる病が進行すると2次性の副甲状腺機能亢進症をきたしますが、頭蓋癆を持った児では1ヶ月時の血中副甲状腺ホルモン(iPTH)も6.9%に異常高値が認められました。この結果を児の栄養方法で分けて検討してみると母乳栄養と人工・混合栄養での差は明らかで、母乳栄養児ではその大部分(56.9%)で血中ビタミンDが異常低値(<10ng/ml)であったのに対し、人工・混合栄養児では全員が正常範囲内の値を示していました。これに応じて血中副甲状腺ホルモン値も母乳栄養児では人工・混合栄養児と比較して明らかに高値で、出生時点で存在したビタミンD欠乏症が長引いていることを示唆していました。
頭蓋癆の季節変動
4-5月出産の児が特にハイリスクで、11月出産が最も低リスク
在胎週数、生下時体重、出産回数、母の年齢とは明らかな相関なし
栄養方法による違い
母乳栄養児では血中ビタミンDが著しく低値で、症状が進行した時に上昇する副甲状腺ホルモンが異常に高い児が多い。
重要と考えられる点
妊娠中の婦人がビタミンD欠乏に陥りやすく、特に日本人を含む有色人種ではその危険が高いことは以前から指摘されていました。今回の研究で、実際にわが国の正常新生児にも潜在性のビタミンD欠乏症が非常に多いことが明らかになりました。もともと日本人妊婦には欠乏症のリスクがあるところに加え、日焼け止めの多用、極端に日光を避けるライフスタイルなどがさらに事態を悪化させている可能性があります。また、今回の研究では特に母乳栄養児ではビタミンD欠乏の改善が遅れることが明らかになりました。母乳栄養児にはビタミンD欠乏の危険があることも従来欧米では認識されており、たとえば米国小児科学会の勧告では新生児全員に一日200単位のビタミンDを赤ちゃんに投与すべきだとの記載が既にされています。しかしながら、本邦では欧米に存在する生のビタミンDの製剤がそもそも存在せず、通常医療機関で使用される活性型ビタミンD剤は専門医が注意して使わないと過剰症をおこしかねない製剤で、専門医の間で問題視されています。また、乳児期の一過性の潜在性ビタミンD欠乏症が将来の1型糖尿病のリスクを3倍に上昇させる、あるいは9歳時点で測定した骨量が明らかに低いなどの研究が最近臨床医学のトップジャーナルに次々と報告されており、ビタミンD欠乏症児の将来の健康状態が危惧されます。
妊産婦へのメッセージ
- 妊娠中・産後も適度な日光浴が必要です(日焼け止めを使わない室内同様の服装で10-15分室外にでる程度でも効果があります)。過度な日焼け対策はベビーの害になります。
- 産後の母乳栄養は一般的には望ましい栄養方法ですが、ビタミンD欠乏に注意する必要があります。完全母乳栄養の場合は、日本では赤ちゃんにも日光浴を勧めるぐらいしか方法がありませんので短時間でも日光浴をさせてください(妊産婦と同様、通常の服装で、柔らかな日差しで5-10分ぐらいでも有効です)。
製薬会社・厚労省へのメッセージ
Native vitamin Dの製剤を本邦でも使用可能にしていただかないと、私たち小児科医はお母さん方に安心して母乳栄養を勧められなくなってしまいます。
朝日新聞(4月1日 28面)、京都新聞(4月1日 45面)、日本経済新聞(4月1日 42面)及び毎日新聞(4月1日7面)に掲載されました。