上田格弘 iPS細胞研究所博士課程学生(現・小牧市民病院医長)、金子新 同准教授らの研究グループは、ヒトのiPS細胞から作製したT細胞の性質を明らかにし、iPS細胞由来T細胞に、他の免疫細胞の機能を高めるヘルパーT細胞様の機能を獲得させることに成功しました。
この研究成果は2018年5月25日に米国科学誌「Stem Cell Reports」でオンライン公開されました。
研究者からのコメント
今回の研究により、iPS細胞から作製した免疫細胞(自然リンパ球)の性質の一端が明らかになり、
その細胞にヘルパーT細胞様の機能をもたせることに成功しました。この細胞は免疫の司令塔といえる役割をもっており、いろいろな種類のがんを攻撃する起点になります。
将来的には、これらの免疫細胞を患者さんに移植する新たな治療法の開発を目指します。
本研究成果のポイント
- 樹状細胞ががん細胞を取り込むと、がん細胞の抗原をヘルパーT細胞に提示し、ヘルパーT細胞が活性化する。活性化したヘルパーT細胞は樹状細胞を活性化させ、その活性化した樹状細胞がキラーT細胞に抗原を提示することでがん細胞を攻撃するキラーT細胞が増殖する。
- ヘルパーT細胞由来のiPS細胞から分化させたT細胞(iPS-T細胞)は、ヘルパーT細胞とは異なる遺伝子発現パターンを示した。
- iPS-T細胞にヘルパーT細胞のはたらきに重要な遺伝子を導入して得られた細胞から、ヘルパーT細胞のはたらきに重要なタンパク質を多く発現している細胞群を選び出した。
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試験管内とマウスを用いた実験で、選び出した細胞群がヘルパーT細胞と同様に樹状細胞を介してキラーT細胞を活性化することを確認した。
概要
本研究グループはこれまでに、弱ったキラーT細胞をiPS細胞へと初期化し、再びキラーT細胞へと分化させることで、元気に若返ったキラーT細胞を作製することに成功しています。本研究は、この基盤技術を応用して、iPS細胞から分化させたT細胞にヘルパーT細胞様の機能をもたせることを目的として行われました。
1種類のキラーT細胞は1つのがん細胞抗原しか認識できないため、がん細胞が細胞表面の抗原を改変してキラーT細胞の攻撃から逃れることがあります。一方、ヘルパーT細胞はいろいろな種類のキラーT細胞を活性化させるため、がん細胞が攻撃から逃れるのを防ぐのに有用と考えられ、再生免疫細胞を用いたがん治療のひとつのアプローチとして効果的であると考えられています。
そこで、本研究グループは、ヒトのiPS細胞から作製したT細胞の遺伝子発現を解析してその性質を明らかにするとともに、遺伝子の導入や培養条件の工夫によって、iPS細胞由来T細胞に、他の免疫細胞の機能を高めるヘルパーT細胞様の機能を獲得させることに成功しました。
図: CD4陽性ヘルパーT細胞とiPS-T細胞の遺伝子発現の比較
詳しい研究内容について
書誌情報
【DOI】 https://doi.org/10.1016/j.stemcr.2018.04.025
【KURENAIアクセスURL】 http://hdl.handle.net/2433/231323
Norihiro Ueda, Yasushi Uemura, Rong Zhang, Shuichi Kitayama, Shoichi Iriguchi, Yohei Kawai, Yutaka Yasui, Minako Tatsumi, Tatsuki Ueda, Tian-Yi Liu, Yasutaka Mizoro, Chihiro Okada, Akira Watanabe, Mahito Nakanishi, Satoru Senju, Yasuharu Nishimura, Kiyotaka Kuzushima, Hitoshi Kiyoi, Tomoki Naoe, Shin Kaneko (2018). Generation of TCR-Expressing Innate Lymphoid-like Helper Cells that Induce Cytotoxic T Cell-Mediated Anti-leukemic Cell Response. Stem Cell Reports, 10(6), 1935-1946.
- 京都新聞(5月25日 28面)、日刊工業新聞(5月25日 23面)、日本経済新聞(5月25日 35面)、毎日新聞(5月25日 26面)および読売新聞(5月25日 31面)に掲載されました。