中濵直之 農学研究科博士課程学生 (現:日本学術振興会特別研究員PD(東京大学))、井鷺裕司 同教授、内田圭 横浜国立大学産官学連携研究員、丑丸敦史 神戸大学教授らの研究グループは、草地性絶滅危惧チョウ類であるコヒョウモンモドキを材料に、縄文時代から現在までの個体数の増減の歴史を明らかにしました。本研究は、日本の草地性生物の保全だけでなく、草地生態系全体を理解するうえで極めて重要な意義を持ちます。
本研究成果は、2018年2月26日午後4時に英国の科学誌「Heredity」の電子版に掲載されました。
研究者からのコメント
秋の七草などで親しまれている日本の草原の多くは人為活動によって維持されてきました。本研究では草原に生息し、現在、絶滅危惧種となっているチョウ類が、縄文時代から現在に至るまでの人為活動の変化に応じて、ダイナミックに個体数を変えてきたことを、異なった時間スケールを対象にした解析で明らかにしました。このような研究アプローチは、人為インパクト下における生物多様性の持続的保全にも応用できると期待されます。
概要
火入れや草刈りといった人為的な活動によって維持されている半自然草地は非常に生物多様性の高い生態系として知られています。日本国内の半自然草地は、各地の土壌・花粉化石分析から、縄文時代以降の人間活動の拡大に伴い面積が増加し続けたとされています。20世紀初頭には日本国内の面積の1割強が草地環境でした。しかしながら、20世紀以降の人間活動の変化(化石燃料への依存、拡大造林など)によりその面積は激減し、現在は国土の1%程度になっています。こうした状況において、草地性生物はどのような歴史をたどってきたのでしょうか。
コヒョウモンモドキは関東~中部地方の半自然草地に生育するチョウ類の一種です。近年顕著に減少し、環境省レッドリストで「絶滅危惧IB類」に選定されています。本研究グループは、現在と標本のDNAを用いて過去1万年間という長期のスケールから、また過去30年間という短期のスケールから、本種の個体数の歴史を解明しました。
遺伝子解析の結果、縄文時代中期(約6000年前)以降は個体数が大きく増加したものの、20世紀以降の草地面積の減少に伴い過去30年間には個体数が激減したという、まさに「栄枯盛衰」をたどったことが分かりました。近年多くの草地性生物が絶滅の危機に瀕していることから保全意識が高まっていますが、これまでに長期的な視点と短期的な視点の両方から日本国内で草地性生物の歴史を明らかにした研究例はありませんでした。
さらに、本研究では過去30年間の個体数の変化の推定にチョウ類の標本のDNAを用いています。これまで昆虫の乾燥標本は、DNAが劣化しているため遺伝解析が難しいとされてきましたが、本研究では、過去の情報の復元に標本DNAが有用であることを示しました。
詳しい研究内容について
書誌情報
【DOI】 https://doi.org/10.1038/s41437-018-0057-2
Naoyuki Nakahama, Kei Uchida, Atushi Ushimaru & Yuji Isagi (2018). Historical changes in grassland area determined the demography of semi-natural grassland butterflies in Japan. Heredity, 121(2), 155-168.
- 朝日新聞(2月27日 35面)に掲載されました。