近藤孝之 iPS細胞研究所(CiRA=サイラ)特定拠点助教、井上治久 同教授らの研究グループは、アルツハイマー病(AD)患者由来iPS細胞を用いた化合物スクリーニング系を構築し、ADの病因物質の一つである、アミロイドベータ(Aβ)を減らすことができる既存薬の組み合わせ(カクテル)を見出しました。
本研究成果は、2017年11月22日午前2時に米国の科学誌「Cell Reports」でオンライン公開されました。
研究者からのコメント
ヒトのiPS細胞から神経細胞を製品のように同じ質のものを同じように、しかも短時間で作製する技術の開発に成功しました。この技術を用いて、患者さんの神経細胞を用いた化合物スクリーニングを行い、さらに、同定した薬の効果を多数のヒトで調べる試験を培養皿の中で行いました(in vitro trial)。薬剤に対するヒト特有の応答性やその多様性を反映した神経細胞の利用により、精度の高い薬剤開発につながるのではないかと考えています。また、見出した薬剤は既存薬であり、すでに安全性に関する情報が蓄積されており、長期間の安全性が必要なアルツハイマー病の治療薬開発が進展することが期待されます。
本研究成果のポイント
- ADの病因物質と考えられている、Aβを低減させる効果のある化合物を探索するため、患者由来iPS細胞から作製した高純度の大脳皮質神経細胞を用いたスクリーニング系を確立した。
- スクリーニングに続いて、効果のあった化合物群をケモインフォマティクス(計算機と情報処理技術を化学領域の問題に適応し解決を目指す研究手法)により分子構造式の類似性に基づいて分類し、Aβを相乗的に低減させる効果がある3種類の既存薬の組合せ(カクテル)を同定した。
- 同定した既存薬カクテルの多人数のAD患者での効果を推定するために、家族性及び孤発性AD患者の細胞を用いた in vitro トライアル(様々なヒト由来の細胞を用いて培養皿の中で新しい治療法の薬効を検討する研究手法)を実施し、有効性を確認した。
概要
ADは、認知症の中で最も多い疾患であり、遺伝子変異が原因で起こる家族性ADと、家族歴のない孤発性ADに大別されます。どちらの種類のADも、大脳皮質の神経細胞内にAβが蓄積することが病因の一つであると考えられています。Aβを標的とするアルツハイマー病の薬物治療においては、発症前から長期間の投薬が必要であり、その安全性が求められています。
そこで本研究グループは、すでに市場で長期間の安全性に関する情報が整備されている既存薬のスクリーニングを行いました。スクリーニングの後、効果のあった化合物群をケモインフォマティクスにより分子構造式の類似性に基づいて分類し、相乗的な組み合わせ(カクテル)BCroTを見出しました。同定した既存薬カクテルBCroTは、家族性アルツハイマー病及び孤発性アルツハイマー病の10余名の患者のiPS細胞から分化誘導した大脳皮質神経細胞において、Aβの減少効果を示しました。この in vitro トライアルは、多人数の患者における効果や有効性の個人差の推測に有用であることがわかりました。
詳しい研究内容について
書誌情報
【DOI】 https://doi.org/10.1016/j.celrep.2017.10.109
【KURENAIアクセスURL】 http://hdl.handle.net/2433/228031
Takayuki Kondo, Keiko Imamura, Misato Funayama, Kayoko Tsukita, Michiyo Miyake, Akira Ohta, Knut Woltjen, Masato Nakagawa, Takashi Asada, Tetsuaki Arai, Shinobu Kawakatsu, Yuishin Izumi, Ryuji Kaji, Nobuhisa Iwata, Haruhisa Inoue (2017). iPSC-Based Compound Screening and In Vitro Trials Identify a Synergistic Anti-amyloid β Combination for Alzheimer's Disease. Cell Reports, 21(8), 2304-2312.
- 朝日新聞(11月22日 3面)、京都新聞(11月22日 28面)、産経新聞(11月22日 24面)、中日新聞(11月24日 25面)、 日刊工業新聞(11月22日 31面)、日本経済新聞(11月22日 2面)、毎日新聞(11月22日夕刊 10面)および読売新聞(11月22日 1面)に掲載されました。