友永雅己 霊長類研究所教授、伊村知子 新潟国際情報大学准教授らの共同研究グループは、場面全体の特徴の「平均」を抽出する能力の進化的な起源を探るため、チンパンジーを対象に、複数の円の大きさの「平均」を知覚する能力を調べました。その結果、チンパンジーもヒトと同様に、モニタ上の左右に1個ずつ呈示された円の大きい方を選択するよりも、12個ずつ呈示された円の「平均」の大きさが大きい方を選択する方が、正確に答えられることが示されました。ヒト以外の動物も複数の物体の大きさの「平均」を抽出することを示す初めての報告です。
本研究成果は、2017年8月23日午前8時に英国の総合科学誌「Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciences」に掲載されました。
研究者からのコメント
これまで、ヒトとチンパンジーの全体的な情報処理には多くの相違点があると考えられてきましたが、今回の研究成果から、複数の対象から特徴の「平均」を抽出する能力については、チンパンジーにおいても共有されている可能性が示唆されました。こうした基礎的な視覚のはたらきに見られるヒトとチンパンジーの類似性もまた、私たちのこころの進化を考える上で極めて重要な示唆を与えてくれるものと期待されます。
概要
私たちは、群衆の表情や、鳥の群れの進行方向、店に並べられた複数の果物や野菜のおよその大きさなど、1つ1つの対象に注意を向けることなく、全体の「平均」の特徴をすばやく抽出することに長けています。このような能力は、ヒトでは遅くとも4、5歳頃から見られることがわかってきましたが、ヒト以外の動物では調べられていませんでした。ヒト以外の霊長類においても場面全体の視覚情報を素早く処理することは重要な能力だと考えられますが、これまで、ヒト以外の霊長類や鳥類では、全体的な特徴よりも個別の対象の特徴に注意を向けがちであることが繰り返し示されており、「平均」の特徴を抽出することが難しい可能性も考えられました。
そこで本研究グループは、霊長類研究所の5個体のチンパンジーと18名の成人を対象に、2つの認知課題を行いました。1つ目の課題では、画面上に1個の円(Single条件)、12個の等しい大きさの円(Homo条件)、4種類の異なる大きさの円を3個ずつ含む12個の円(Hetero条件)を左右に1秒間(ヒトでは0.5秒間)呈示し、2つのセットのうち円の大きい方に触れると正解としました。もし、チンパンジーやヒトが複数の円の大きさの「平均」を手がかりに選択することができるならば、1個の円を比較する条件(Single条件)と12個の円を比較する条件(Homo条件とHetero条件)で正答率にほとんど差がないか、低くなることはないことが予想されました。反対に、複数の円の大きさの「平均」を知覚することができなければ、Single条件よりもHomo条件、Hetero条件の順で、正答率が低くなることが予想されました。
その結果、ヒトもチンパンジーも、Single条件よりもHomo条件、Hetero条件で統計的に有意に高い正答率を示しました。1個の円を比較する条件に比べ、12個の円を比較する条件の方が高い正答率を示したことから、ヒトもチンパンジーも複数の円の大きさの「平均」を知覚している可能性が示唆されました。
2つ目の課題では、チンパンジーが「平均」ではなく、セットに含まれる一番大きな円(または一番小さな円)を手がかりに選択した可能性について検証しました。この結果からも、チンパンジーが個別の円の大きさを手がかりにして円の大きい方を選択していたわけではないことが分かりました。
詳しい研究内容について
書誌情報
【DOI】 https://doi.org/10.1098/rspb.2017.0564
【KURENAIアクセスURL】 http://hdl.handle.net/2433/226833
Tomoko Imura, Fumito Kawakami, Nobu Shirai, Masaki Tomonaga (2017). Perception of the average size of multiple objects in chimpanzees (Pan troglodytes). Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciences, 284(1861).