抗がん剤の副作用を生体外で再現するデバイス「ボディ・オン・チップ」の開発に成功

ターゲット
公開日

亀井謙一郎 高等研究院物質-細胞統合システム拠点(iCeMS=アイセムス)特定拠点准教授、田畑修 工学研究科教授、平井義和 同助教らの研究グループは、微細加工技術を駆使した生体外ヒトモデル「ボディ・オン・チップ」の開発に成功しました。この大きさわずか数センチメートルのチップは、患者や健常者などに頼ることなく薬の効能・効果や毒性を評価できるデバイス技術であり、現在、前臨床試験で行われている動物実験の問題点を克服できる新しい試験法となることが期待されます。

本研究成果は、2017年7月25日に英国の科学誌「RSC Advances」オンライン版で公開されました。

研究者からのコメント

左から、亀井特定拠点准教授、田畑教授、平井助教

本研究では、複数の組織を単一チップに搭載した生体外ヒトモデル「Body on a Chip(ボディ・オン・チップ)」の開発に成功しました。更に、このモデルを用いることで、従来の細胞培養・実験法では困難であった、抗がん剤副作用の生体外における再現を可能としました。これは従来の単一組織モデル「Organ on a Chip (組織チップ)」とは違い、生体内における組織間相互作用を生体外で再現できるチップです。今後、薬剤開発や化学物質全般の安全性試験だけでなく、iPS細胞などを用いることによって患者自身に適した医薬品の処方、個別化医療の実現化へ貢献できると期待されます。

概要

現在、抗がん剤などをはじめとする新しい医薬品開発には多くの困難が伴い、巨額の費用と長い時間が必要です。その原因の中でも特に問題とされているのが、前臨床試験です。ヒトで臨床試験を行う前の前臨床試験では、実験動物を用いた薬効評価・毒性評価試験などが行われています。しかしヒトと異なる反応を示すことが多く、臨床試験における薬効や毒性の予測を難しくしています。また、実験動物を使うことは、動物愛護・倫理的な観点からも問題となっています。そこで、薬剤に対してよりヒトに近い反応を再現でき、しかも動物実験を行わなくてよくなるような、新しい試験法の開発が重要となっています。

本研究グループは、マイクロメートル(ミリメートルの1000分の1)ほどの非常に小さいものを高精度に加工することができる微細加工技術を応用した「マイクロ流体デバイス」に着目しました。このデバイス技術を用いれば、ヒトの体の中における血管網や組織の模倣ができます。このデバイス上に、ヒト由来のがん細胞と正常な心筋細胞を搭載し、組織間を接続できるようにしました。直接心筋に与えても毒性のない抗がん剤を、このがん細胞に投与すると、がん細胞が死滅するとともに、その時にできる代謝物が心筋細胞に到達し、ダメージを与えていることが確認されました。

今回の研究で、これまでの細胞培養プレートなどでは再現が難しかった抗がん剤の心臓における副作用を、デバイス内で再現することに成功しました。これは、チップ上で複数の組織を接続し、相互作用の確認に成功した世界で初めての例です。これがヒトの体外における薬剤反応を模倣したモデル「ボディ・オン・チップ」であり、本研究グループはこのデバイスが新しい「ヒトモデル」として機能することを実証しました。

図:「Body on a Chip(ボディ・オン・チップ)」はヒトや実験動物を用いることなく「生体外ヒトモデル」を創出する画期的な技術です。このデバイスを用いて、これまで難しかった抗がん剤の心臓における副作用の生体外における再現に、世界で初めて成功しました。

詳しい研究内容について

書誌情報

【DOI】 https://doi.org/10.1039/C7RA07716E

【KURENAIアクセスURL】 http://hdl.handle.net/2433/226624

Ken-ichiro Kamei, Yoshiki Kato, Yoshikazu Hirai, Shinji Ito, Junko Satoh, Atsuko Oka, Toshiyuki Tsuchiya, Yong Chen and Osamu Tabata (2017). Integrated heart/cancer on a chip to reproduce the side effects of anti-cancer drugs in vitro. RSC Advances, 7, 36777-36786.

  • 産経新聞(9月2日 22面)、日刊工業新聞(8月4日 23面)、読売新聞(8月2日夕刊 10面)に掲載および毎日放送(7月28日 11時50分放送分)で放送されました。