西村智貴 工学研究科特定研究員、秋吉一成 同教授らの研究グループは、物質透過性を持つ糖鎖高分子ベシクル(糖鎖修飾両親媒性ポリマーが、自発的に集合して球状に閉じた膜構造を持つ中空状集合体)を新たに開発し、がん組織周囲でプロドラッグ(生体内で代謝されることにより薬効を現すような化学構造をした薬剤)を抗がん剤へと変換できる酵素封入型ナノデバイス(ナノファクトリー)として機能することを見いだしました。
本研究成果は、2017年7月17日にドイツの科学誌「Advanced Materials」のオンライン速報版で公開されました。
研究者からのコメント
今回開発した糖鎖高分子ベシクルは、様々な酵素を用いて長期的に酵素反応を進行させる技術につながると期待されます。また、従来のドラッグデリバリーシステム(薬剤を患部に選択的に送達することで、副作用を低減しながら治療効果を高める医療技術)が抱えていた、がん組織以外への副作用を解決するだけではなく、より優れた治療効果をもたらす新たながん治療に役立つことが期待されます。
本研究成果のポイント
- オリゴ糖とポリプロピレングリコールからなる両親媒性ポリマーが、物質透過性を示す糖鎖高分子ベシクルを形成することを初めて明らかにした。
- 酵素を封入させた糖鎖高分子ベシクルは、血中投与によりがん組織周囲に集まり、その場で酵素反応により抗がん剤を合成、放出する医療用ナノデバイス(ナノファクトリー)として機能し、抗腫瘍効果をもたらすことをマウスで明らかにした。
- 疾患部位で薬を合成する技術は、より優れた治療効果、低い副作用をもたらす医療技術につながることが期待される。
概要
リン脂質からなるリポソーム(脂質人工膜の一種で、リン脂質が、水溶液中で自発的に集合し球状に閉じた中空状集合体)や両親媒性ポリマーからなるベシクルは、酵素反応場としての応用が進められています。しかし、これらの分子集合体は、極めて物質透過能が低いことが知られており、酵素基質を外部から供給できないため、長期的に酵素反応を進行させることができませんでした。
本研究グループは、糖鎖とポリプロピレングリコールからなる両親媒性ポリマーが形成する糖鎖高分子ベシクルが、分子量の違いによって選択的に物質透過性を示すことを発見し、また、酵素を安定に封入し、内部に安定に保持できることを明らかにしました。この酵素封入ベシクルは、外部から基質を内部の酵素に供給でき、酵素反応生成物を外部に放出できる機能を持つことを見いだしました。さらに、このベシクルは血中投与により生体内のがん組織周囲に集まり、プロドラッグを抗がん剤へと変換し、優れた抗腫瘍効果を示すことをマウスで実証しました。
図:(A)糖鎖-ポリプロピレングリコールからなる両親媒性ポリマーの化学構造式、(B)糖鎖高分子ベシクルの電子顕微鏡像、(C)薬物をがん組織周囲で合成、放出し得る酵素搭載型新規治療用ナノファクトリー(Bio-transporting Nanofactory)の概念図
詳しい研究内容について
書誌情報
【DOI】 https://doi.org/10.1002/adma.201702406
Tomoki Nishimura, Yoshihiro Sasaki, Kazunari Akiyoshi(2017). Biotransporting Self-Assembled Nanofactories Using Polymer Vesicles with Molecular Permeability for Enzyme Prodrug Cancer Therapy. Advanced Materials, 29(36), 1702406.