芳香族ニトロ化合物のクロスカップリング反応 -芳香族化合物の川上原料を直接用いる医農薬、有機材料の合成-

ターゲット
公開日

中尾佳亮 工学研究科教授、ヤダフ・ラム 同特定研究員、長岡正宏 同特定研究員、柏原美勇斗 同修士課程学生、榊茂好 福井謙一記念研究センター特定研究員、ゾン・ロンリン 同特定研究員、宮崎高則 東ソー株式会社主任研究員らの研究グループは、芳香族ニトロ化合物と有機ホウ素化合物をカップリングさせる画期的な新反応の開発に成功しました。今回開発したこの手法によって、これまで鈴木-宮浦クロスカップリング反応で用いられていた芳香族ハロゲン化物の代わりに、工業的にもより手に入り易い芳香族ニトロ化合物を用いることが初めて可能になりました。医薬、農薬、液晶、有機EL材料の効率的かつ安価な製造プロセスに応用されることが期待されます。

本研究成果は2017年7月5日に、アメリカ化学会誌「Journal of the American Chemical Society」オンライン版で公開されました。

研究者からのコメント

今回開発した芳香族ニトロ化合物の鈴木-宮浦クロスカップリング反応は、従来有機ハロゲン化物を用いて行われている化学プロセスに取って代わって、さまざまな医薬、農薬、液晶、有機EL材料の工業的製造プロセスに応用できる可能性があります。また、今回開発した炭素-炭素結合形成だけでなく、鍵となる芳香族炭素-ニトロ基結合の切断反応を利用して、炭素-窒素、炭素-水素、炭素-フッ素結合形成などの新反応への展開も期待できるため、多置換芳香族化合物の合成プロセスを刷新できる可能性も秘めています。

概要

鈴木-宮浦クロスカップリング反応は、有機ホウ素化合物と有機ハロゲン化物を連結させて、新しい炭素-炭素結合を構築するための反応です。特に、ベンゼン環同士を連結させてビアリール化合物を合成する方法として極めて有用で、信頼性の高い反応として知られ、さまざまな医薬、農薬、液晶、有機EL材料の工業的生産に用いられています。この反応の功績により、鈴木章 北海道大学名誉教授が2010年のノーベル化学賞を受賞されたことは記憶に新しいところです。この鈴木-宮浦クロスカップリングの改良が世界中で研究されており、カップリング剤として用いる芳香族ハロゲン化物から腐食性や毒性を持つ廃棄物を生じることがあるため、その代替カップリング剤の開発が特に注目されています。

さまざまな代替候補のなかでも芳香族ニトロ化合物は、芳香族ハロゲン化物を含むさまざまな芳香族化合物の工業的製造プロセスにおける川上原料であるため、これを直接鈴木-宮浦クロスカップリングさせることができれば、従来の化学プロセスを格段に短工程化できるものと期待されていますが、これまで実現できませんでした。芳香族ニトロ化合物を鈴木-宮浦クロスカップリングさせるうえでの鍵は、芳香族炭素-ニトロ基結合をいかに切断するかという点です。しかし、ニトロ基は、クロスカップリング反応に用いられるような金属触媒を酸化して失活させてしまう性質もあるため、この切断反応に適切な触媒を見つけることは極めて困難でした。

本研究グループは、この切断反応の逆反応、すなわち芳香族炭素-ニトロ基結合の形成に有効であると以前に報告されたパラジウム触媒に注目し、この触媒のリン原子上の置換基を改変することによって芳香族-ニトロ基結合の切断を達成し、芳香族ニトロ化合物の鈴木-宮浦クロスカップリングの開発に成功しました。

先述のように芳香族ニトロ化合物は、さまざまな芳香族化合物の出発原料であるため、極めて豊富なバリエーションが市販品として入手できます。また、芳香族ニトロ化合物は、ニトロ基を保持したまま、芳香環上に置換基を導入する反応が行えるため、そのような反応と今回開発した反応を連続して行い、多置換芳香環を極めて効率よく合成するような有機合成プロセスの構築が可能になります。

図:芳香族ニトロ化合物を出発原料とするビアリール合成プロセス

詳しい研究内容について

書誌情報

【DOI】 https://doi.org/10.1021/jacs.7b03159

M. Ramu Yadav, Masahiro Nagaoka, Myuto Kashihara, Rong-Lin Zhong, Takanori Miyazaki, Shigeyoshi Sakaki, and Yoshiaki Nakao (2017). The Suzuki–Miyaura Coupling of Nitroarenes. Journal of the American Chemical Society, 139(28), 9423–9426.

  • 科学新聞(7月28日 4面)に掲載されました。