二木史朗 化学研究所教授らの研究チームはクモ毒由来の溶血ペプチド(少数のアミノ酸が結合した分子)を改良し、細胞が養分を取り込む機能を利用した細胞内への抗体輸送手段を開発しました。抗体のような質量の大きな分子を細胞内へ運ぶ研究はこれまでも行われてきましたが、運んだ分子を細胞内へ効率的に放出する有効な手法は発見されていませんでした。
本研究成果は、2017年5月23日午前0時に英国の学術誌「Nature Chemistry」に掲載されました。
研究者からのコメント
今回開発した方法は、細胞内の生理活性タンパク質の役割の解明を目的とした基礎研究のみならず、新しい医薬品や治療法の開発支援ツールという観点においても、非常に応用範囲が広いと考えられます。抗体はバイオ医薬品としても大きな注目を浴びていることから、本手法は細胞内のタンパク質を標的とする抗体医薬品を細胞内へ運ぶための、新しい方法論の開発の端緒になるかも知れません。
概要
抗体は体の中にウイルスなどの異物が入り込むと、その異物と結合し排除する役割を担うタンパク質です。私たちの体は、どのような異物が侵入しても鍵と鍵穴のように特定の分子を認識してうまく結合する抗体を作り出し、ウイルスの侵入や増殖を防いでいます。抗体は高い認識能力と強い結合力という特長を活かし、特定の分子の解析など、生命科学研究の道具として盛んに利用されています。例えば、抗体を生きた細胞の中で働かせることができれば、細胞内の特定のタンパク質の分布の確認や生理活性の調節が可能になり、細胞内で特定のタンパク質が果たしている役割を詳しく知ることができます。ところが、抗体は分子サイズが大きいため単独で細胞の中に入ることができません。抗体を生きた細胞内で機能させるべく、抗体を細胞内に導入するためにこれまでいくつかの手法が試みられてきましたが、効率性・汎用性の高い導入法は開発されておらず、生命科学研究の実験ツールとしての応用は難しいままでした。
抗体のようなバイオ高分子の細胞内導入には、細胞自身の養分取りこみ作用「エンドサイトーシス」の利用が現実的です。この場合、抗体を細胞内へ運ぶには取りこみ小胞(以下、エンドソーム)から効果的に細胞内に放出されることが必要になります。しかし、これまでの手法では放出効率が低く、抗体がリソソームという細胞内の器官に運ばれ分解されてしまい、期待される効力を発揮できないという問題がありました。
そこで本研究グループは、細胞膜を不安定化する役割を持つクモ毒由来の溶血ペプチドM-lycotoxinをもとに、エンドソームを効果的に不安定化するペプチドL17Eを開発しました。M-lycotoxinは細胞膜の構造を強く乱し破壊する機能があります。今回の研究ではM-lycotoxinのアミノ酸配列を一部置き換えることで、細胞膜自体は破壊せず、エンドソームの膜を効果的に不安定化させることに成功しました。この結果、抗体を効果的に細胞内へ放出することが可能となりました。このペプチドを用いて、細胞外から導入した抗体により、特定のタンパク質の細胞内での局在の可視化や、細胞内のタンパク質相互作用に基づく情報伝達を調節できることも示されました。
図:クモ毒由来の溶血ペプチドを改変した画期的な細胞内抗体輸送ツール
詳しい研究内容について
書誌情報
【DOI】 https://doi.org/10.1038/nchem.2779
Misao Akishiba, Toshihide Takeuchi, Yoshimasa Kawaguchi, Kentarou Sakamoto, Hao-Hsin Yu, Ikuhiko Nakase, Tomoka Takatani-Nakase, Fatemeh Madani, Astrid Gräslund & Shiroh Futaki (2017). Cytosolic antibody delivery by lipid-sensitive endosomolytic peptide. Nature Chemistry, 9, 751-761.
- 京都新聞(5月23日 25面)に掲載されました。