七田芳則 理学研究科名誉教授(現・立命館大学客員教授)、山下高廣 同助教、小島慧一 同研究員(現・岡山大学特任助教)、日下部岳広 甲南大学教授らの共同研究グループは、脊椎動物に進化的に近いホヤの眼で機能する光センサー(光受容タンパク質)を解析することにより、ヒトの高度な視覚機能を支える光センサーがどのように進化してきたのかを実験的に明らかにしました。
本研究成果は、2017年5月22日に米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)オンライン版にて発表されました。
研究者からのコメント
ヒトなど脊椎動物は発達した眼を持ち、ものの形や色を詳細に見ることができます。しかし、動物の進化の過程で他のいろいろな動物と分岐した脊椎動物の祖先は、ようやく光を感じる程度の眼しか持っていなかったことが推定されています。本研究では、脊椎動物と最後に分かれた無脊椎動物であるホヤの光センサーを解析することにより、脊椎動物の眼が劇的に進化するターニングポイントを発見したことを報告しています。本研究から、ヒトの高度な視覚機能の特性に関して、分子レベルでの理解が深まると期待されます。
本研究成果のポイント
- カンブリア爆発の時期に他の動物群と分岐した脊椎動物が眼を発達させるのに、最初に光を受容する光受容タンパク質が劇的にシグナル増幅効率を上昇させ、光感受性を良くしたことが重要であることを、本研究グループは以前に発見していた。
- ホヤの光受容タンパク質を解析したところ、脊椎動物の光受容タンパク質が示す高いシグナル増幅効率に必要なアミノ酸残基を既に獲得しているが、無脊椎動物の光受容タンパク質で従来機能していたアミノ酸残基もまだ同時に機能しており、シグナル増幅効率を上昇させている途中であった。
- ホヤの光受容タンパク質で新規に獲得したアミノ酸残基を変異させると、無脊椎動物の光受容タンパク質と同じ光反応を示した。逆に、従来機能していたアミノ酸残基を変異させると、脊椎動物の光受容タンパク質と同じ光反応を示した。
- ホヤは脊椎動物のような発達した眼は持たないものの、その光受容タンパク質は既に、脊椎動物の光受容タンパク質が形成される進化の途中にあり、眼の進化のターニングポイントに位置することがわかった。
概要
ヒトを含む脊椎動物はカメラに似た眼を持っており、様々な光環境でものの形や色を見ることができます。眼には、外からの光を受容して神経の電気応答に変換する視細胞が含まれ、視細胞では光を受容するための光センサー(光受容タンパク質)が機能しています。視細胞の電気応答は脳へと伝えられ、最終的に「見えた」と実感できます。本研究グループはこれまで、ヒトなど脊椎動物の視細胞に含まれる光受容タンパク質は、脊椎動物の先祖型のものに比べて、光を受けた後の光情報の増幅効率(シグナル増幅効率)が非常に高く、この性質は脊椎動物の光受容タンパク質が分子進化の過程で、新たに特別なアミノ酸残基を獲得したからであることを発見していました。しかし、このアミノ酸残基がどのような過程で先祖型の光受容タンパク質の中で獲得され、機能するようになったかは明らかでありませんでした。
今回本研究グループは、脊椎動物と最後に分かれた無脊椎動物であるホヤの光受容タンパク質を解析したところ、この特別なアミノ酸残基は既に獲得されているが、従来から機能していたアミノ酸残基も同時に機能していることを発見しました。そこでホヤの光受容タンパク質の変異体解析により、新たに獲得されたアミノ酸残基をなくすと、無脊椎動物の光受容タンパク質と同様の光反応を示し、逆に従来機能していたアミノ酸残基をなくすと、脊椎動物の光受容タンパク質と同様の光反応を示すようになりました。しかし、変異体によって光シグナルの増幅効率は脊椎動物の光受容タンパク質のレベルまでは大きくならず、タンパク質構造のさらなる変化が必要であることもわかりました。
つまり、ホヤの光受容タンパク質は、進化の過程でシグナル増幅効率を上げるために必要な新規のアミノ酸残基を獲得しているが、まだ、完全な意味で脊椎動物の光受容タンパク質のようにはなっていない、ということがわかりました。まさに、脊椎動物の祖先からヒトの眼の高度な機能が創造される過程のmissing linkを埋める役割を果たしてくれました。ホヤは、ヒトのように発達した眼は持っていませんが、分子のレベルでは高度な視覚機能を進化させるための準備を既に始めていた、と言うことができます。
図:脊椎動物の高度な視覚機能を支える光センサーの進化
視覚を担う光受容タンパク質のシグナル増幅効率の上昇が、脊椎動物の眼が劇的に進化することの一因になったと考えられる。赤丸は脊椎動物の光受容タンパク質の高いシグナル増幅効率に必要なアミノ酸残基を示し、青丸は従来機能していたアミノ酸残基を示している。
詳しい研究内容について
書誌情報
【DOI】 http://dx.doi.org/10.1073/pnas.1701088114
Keiichi Kojima, Takahiro Yamashita, Yasushi Imamoto, Takehiro G. Kusakabe, Motoyuki Tsuda, and Yoshinori Shichida (2017) Evolutionary steps involving counterion displacement in a tunicate opsin. Proceedings of the National Academy of Sciences of USA, 114(23), 6028–6033.