片山高嶺 生命科学研究科教授(兼 石川県立大学特任教授)、伏信進矢 東京大学教授らの研究グループは、母乳栄養児の腸管内においてビフィズス菌(主にヒトなどの動物の腸内に生息する細菌で、いわゆる善玉菌)優勢な腸内フローラ(腸内細菌が集まっている状態)が形成される仕組みの一端を解明し、それに関わる母乳オリゴ糖の分解酵素ラクト -N -ビオシダーゼの立体構造と機能を明らかにしました。
本研究成果は、2017年4月7日午前1時に米国の科学誌「Cell Chemical Biology」電子版に掲載されました。また、AAAS(the American Association for the Advancement of Science)が運営する科学情報サイ ト「EurekAlert!」においても紹介されました。
研究者からのコメント
近年、ヨーロッパを中心にして、人工的に合成した母乳オリゴ糖を人工乳に添加しようという動きがあります。本研究は、母乳オリゴ糖のビフィズス因子としての機能を解明した研究であり、科学的エビデンスに基づいた食品添加物や栄養補助食品の開発に弾みをつけるものと言えます。
今後の課題は「乳児期にビフィズスフローラが形成されることのヒトにとっての生理的意義」を理解することです。私たちは引き続き、この課題に取り組んでいきたいと考えています。
概要
ビフィズス菌は、1899年にパスツール研究所のTissierによって、母乳栄養児の糞便に多く観察される細菌として単離されました。授乳を開始するとすぐに乳児の腸管にはビフィズス菌優勢な腸内フローラが形成されますが、離乳と同時にこのフローラは消滅します。このことから、人の母乳にはビフィズス菌を増やすなんらかの因子が含まれていると予測されていましたが、その機構は解明されていませんでした。
そこで本研究グループは、人の母乳に含まれるオリゴ糖(母乳オリゴ糖)を利用するための酵素(母乳オリゴ糖分解酵素)をビフィズス菌のみが有していることに着目して研究を進めてきました。今回の研究では特にラクト- N -ビオシダーゼという、母乳オリゴ糖の中でも含有量の高い、ラクト- N -テトラオースというオリゴ糖に作用する酵素に着目して研究を行いました。
京都府内の助産院の協力を得て、完全母乳で育てた乳児の糞便と混合乳で育てた乳児の糞便を解析したところ、ビフィズス菌の数が完全母乳栄養児で有意に多いこと、またラクト- N -ビオシダーゼの遺伝子数も有意に高いことを見出しました。次に、X線結晶構造解析によりこのラクト -N -ビオシダーゼの立体構造を解明することで、そのユニークな構造特性と詳細な反応機構を明らかとしました。ラクト -N -テトラオースというオリゴ糖は、様々な霊長類の乳中でも人乳にのみ特に多く含まれている成分です。また、ビフィズス菌はヒトの乳児に特徴的に多く生息する細菌です。このことから、ヒトはその乳児期に積極的にビフィズス菌と共生するという進化をとげ、それを支えたのが母乳オリゴ糖であることが推察されます。
詳しい研究内容について
書誌情報
【DOI】 http://doi.org/10.1016/j.chembiol.2017.03.012
Chihaya Yamada, Aina Gotoh, Mikiyasu Sakanaka, Mitchell Hattie, Keith A. Stubbs, Ayako Katayama-Ikegami, Junko Hirose, Shin Kurihara, Takatoshi Arakawa, Motomitsu Kitaoka, Shujiro kuda, Takane Katayama and Shinya Fushinobu.(2017). Molecular Insight into Evolution of Symbiosis between Breast-Fed Infants and a Member of the Human Gut Microbiome Bifidobacterium longum. Cell Chemical Biology, 24(4), 515-524.e5.