平田聡 野生動物研究センター教授らの研究グループは、チンパンジーで染色体異常の症例を確認しました。チンパンジー22番染色体の異常(トリソミー:通常2本である染色体が3本ある異常)を持つ個体で、大型類人猿の22番染色体はヒトの21番染色体に相当するため、ヒト21番染色体トリソミーに相当する症例です。ヒト21番染色体トリソミーはダウン症を生じます。
本研究成果は、2017年2月21日午後8時にSpringer社の学術誌「Primates」に掲載されました。
研究者からのコメント
世界で2例目のチンパンジーのダウン症として、ヒトの医学においても参考になる症例報告です。今後の行動観察などにより、ヒトのダウン症との類似点や相違点などが明らかになれば、ダウン症をよりよく理解することにつながると考えられます。ヒトの疾病全体を見渡すと、ヒトに特有のものから、ヒト以外の動物にもみられるものまでさまざまです。ヒトにおける疾病とその対処について、ヒトに最も近縁なチンパンジーとの比較によって、より理解が深まると考えられます。
概要
ヒトのダウン症は21番染色体が3本ある(通常は2本)染色体異常によって引き起こされ、21トリソミーとも呼ばれます。21トリソミーは600人に1人程度の割合で生じると報告されており、体の発育や認知発達の遅れ、身体的障害が生じる場合が多い先天性疾患です。ヒト以外の霊長類では、1969年に世界で初めてダウン症に似たチンパンジーの症例がアメリカで発見され、「Science」誌へ報告されました。チンパンジー22番染色体のトリソミーの例であり、このチンパンジーでは発達遅滞と先天性心疾患が確認されました。その後、ゴリラとオランウータンでも同様の22トリソミーが報告されています。ヒトの染色体は23ペア46本であるのに対して、大型類人猿(チンパンジー、ボノボ、ゴリラ、オランウータン)の染色体は24ペア48本あり、大型類人猿の22番染色体はヒトの21番染色体に相当します。ヒトのダウン症では21番染色体のq22.3バンドと呼ばれる部分が重要であるとされていますが、この部位はチンパンジー・ゴリラ・オランウータンの22番染色体上に存在することが確かめられています。
本研究グループは、野生動物研究センター熊本サンクチュアリで飼育されているメスのチンパンジー、カナコの22トリソミーを確認しました。発達遅滞や先天性白内障、眼振(意思とは関係なく眼球が動くこと)、斜視、円錐角膜(角膜の変性)、先天性心疾患、および歯の欠損が確認されました。いずれもヒトのダウン症に特徴的な症状です。チンパンジーの22番染色体トリソミーとして世界で報告された2例目の個体です。
カナコは7歳までに視力を失ったため、他のチンパンジーとの普通の社会生活を送るのが困難になりましたが、定期的に他のチンパンジー(個体名:ロマン)と同居させる機会をもうけています。今後も福祉に配慮し、生活の質を維持するケアを続けていきます。
詳しい研究内容について
書誌情報
【DOI】 http://doi.org/10.1007/s10329-017-0597-8
Satoshi Hirata, Hirohisa Hirai, Etsuko Nogami, Naruki Morimura, Toshifumi Udono. (2017). Chimpanzee Down syndrome: a case study of trisomy 22 in a captive chimpanzee. Primates.
- 朝日新聞(2月22日夕刊 6面)および京都新聞(2月22日 24面)に掲載されました。