生体透過率の高い波長で長時間光り続ける蛍光体の開発に成功 -光源を必要としない近赤外域での生体分子可視化に道-

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田部勢津久 人間・環境学研究科教授、上田純平 同助教、許健 同博士課程学生らのグループは、紫外線など蛍光体を光らせるために必要な励起光の照射なしで、生体の透過率の高い「第三生体窓」と呼ばれる、波長1.5ミクロンから1.65ミクロンの近赤外領域で長時間強い残光を示す新しい蛍光体材料の開発に成功しました。励起光による細胞の自家蛍光、光散乱、光毒性などといった生態イメージングにまつわる諸問題を回避する鍵になると期待されます。

本研究成果は、2016年11月2日に英国王立化学協会の学術誌「Journal of Material Chemistry C」オンライン版に掲載されました。

研究者からのコメント

左から、田部教授、上田助教、許博士課程学生

今後、本材料のナノ粒子化および抗体の表面修飾をすることにより、マウスを用いて近赤外長残光生体イメージングの実証実験を行う予定です。残光蛍光体を用いた近赤外生体イメージングが可能となれば、新たな研究対象分野が切り開かれ、本材料系に留まらず新しい近赤外長残光蛍光体の研究開発が発展することが期待されます。また、本長残光蛍光体の開発手法は、残光蛍光体の発光波長を自由にデザインできることを示した研究の一例でもあり、今後のさまざまな波長の残光蛍光体の開発が進むと考えられます。

概要

通常の蛍光体は、紫外線など蛍光を促す信号が遮断されると発光が減衰・消失し、蛍光寿命は長いものでもミリ秒単位でしか維持できません。一方、長残光蛍光体は、励起源を遮断後も数秒から十数時間といった長時間発光し続けます。この特異な性質を持つ可視長残光蛍光体は時計の文字盤や緊急避難用の標識などに夜光塗料として既に用いられています。近年、深赤色の長残光蛍光体が、第一生体窓と呼ばれる生体透過性の高い波長領域と合致すること、励起光照射不要であるといったメリットから生体イメージングへの応用が期待されています。長残光蛍光体を用いた生体イメージングでは、蛍光プローブを生体に注入する前に、紫外線を照射することで、光エネルギーを材料中に蓄えることができるため、発光を誘起するために生体外部から紫外線などの光励起が不要です。

これまでは、シリコン半導体CCD検出器が利用できる第一生体窓(650~950nm)の波長領域に、残光を有する蛍光体においてのみ、バイオイメージングの報告がなされてきました。しかし、1μmよりさらに長波長の領域には、第二生体窓(1000~1350nm)、第三生体窓(1500~1800nm)といった生体光透過性の高い領域が存在しており、近年の近赤外半導体(InGaAs)検出器の進歩も合わせて、第二・三生体窓における残光蛍光体の生体イメージング応用が期待されています。

本研究グループは、Ce 3+ (電子ドナー兼可視発光中心)、 Cr 3+ (電子トラップ)、 Er 3+ (近赤外発光中心)を微量に添加したイットリウム(Y)アルミニウム(Al)ガリウム(Ga)ガーネットと呼ばれる結晶構造の金属酸化物において、Er 3+ の4f-4f遷移を利用した1.5~1.6μmの近赤外残光の発現に世界で初めて成功しました。

今回開発した材料は、より光散乱損失が低く、生体透過性の高い長波長で、かつ半導体検出器の最も感度の高い波長(1.55ミクロン)域で、励起源照射不要の長残光を示します。この材料を用いることで、紫外線を照射した場合に生じる周囲の生体自家蛍光によるノイズを防ぐことができ、高感度の生体イメージングが可能となります。

(a) Si検出器とInGaAs検出器の感度曲線
(b) YAG G :Er-Ceの残光スペクトル
(c)(d) 可視光カメラと近赤外線カメラを用いた青色光蓄光後のYAG G :CeとYAG G :Er-Ceの残光写真

詳しい研究内容について

書誌情報

【DOI】
http://dx.doi.org/10.1039/C6TC04027F

【KURENAIアクセスURL】
http://hdl.handle.net/2433/231987

Jian Xu, Daisuke Murata, Jumpei Ueda and Setsuhisa Tanabe. (2016). Near-infrared long persistent luminescence of Er3+ in garnet for the third bio-imaging window. Journal of Materials Chemistry C, 4(47), 11096-11103.