今田弓女 人間・環境学研究科博士課程学生、加藤真 同教授は、コケに潜葉するシトネアブ類の幼虫が、特異な形の口器を用いた新しい摂食方法によって植物を食べていることを発見しました。
本研究成果は2016年11月2日に「PLOS ONE」に掲載されました。
研究者からのコメント
植物を食べるという進化は昆虫類のいくつかの系統で繰り返し起こっており、そのたびに昆虫は数多くの適応を遂げてきました。今回の研究では、古来の捕食者であるアブの仲間の一部が植物に進出する上で、どのように形態を変えていったかという側面に着目しました。この研究から明らかになったシトネアブ類の幼虫の特異な口器は、植物食という進化を遂げるには多様な経路・方法があるということを教えてくれます。今後の研究では、最初の陸上植物であるコケが昆虫といかに関わってきたのかについて、その相互作用の進化の道筋を辿っていきたいです。
本研究成果のポイント
- ジュラ紀から白亜紀にかけて繁栄した「シトネアブ類」の幼虫は、陸上植物の最も古い系統であるコケの決まったグループだけを食べて生活する。
- タイ類に潜葉するシトネアブ類はきわめて特異な口器をもち、これまでに知られていない方法で植物を食べることを発見した。
概要
植物を食べる昆虫はきわめて多様で、これまで知られている地球上の生物多様性の半分以上を占めています。昆虫のグループによって植物の食べ方はさまざまで、葉などをかじり取るだけでなく、植物の葉の組織の内部に潜ってその組織を食べる「葉潜り」という習性は、特にガ類やハエ類で広く見られます。
アブ類の初期の系統の幼虫は昆虫を捕食するものが多く、捕食が祖先的な食性であると考えられています。シギアブ科も古いアブの系統の一つですが、シギアブの幼虫の食性は昆虫捕食をはじめとして、朽木食、植物の遺骸食などと多様性に富んでいます。この科の中でも特にSpaniinaeとよばれる亜科のうち3属は、陸上植物で最も初期に出現したコケ(特にセン・タイ類)と密接に関係しています。しかし、これらのコケ食者についてはこれまでほとんど調べられておらず、生活史全体や、どうやって植物を利用しているかは調べられていませんでした。
そこで本研究グループは、まず野外観察と飼育を行ってシトネアブの生活環を調べました。すると、コケ食である3属のうち、 Ptiolina 属はセン類の茎に潜孔し、 Spania 属と Litoleptis 属に含まれる種は、タイ類の「葉状体」(葉に相当する器官)の内部に潜葉することが明らかになりました。また、タイ類食のシトネアブ類の幼虫の口器形態を調べたところ、同じ科に含まれる昆虫捕食性のグループとは大きく異なっていました。
次に、DNA(28S rRNA遺伝子領域)に基づいた類縁関係の推定によって、Spaniinaeがいかに食性を変え、それに伴って口器形態がどのように進化してきたかを調べました。その結果、植物の遺骸食からセン類の外部食、さらにタイ類の潜葉へと次々に餌を変えてきたことが分かりました。コケ食が進化する際に、大顎の内側の溝を失い、さらにタイ類潜葉性の進化に伴って、陸上で匍匐運動するのに適した体表構造を失うと同時に、大顎背面の穴を獲得したことが示唆されました。
図:シギアブ科の食性の異なるグループ間での口器形態の違い
詳しい研究内容について
書誌情報
【DOI】
http://dx.doi.org/10.1371/journal.pone.0165808
【KURENAIアクセスURL】
http://hdl.handle.net/2433/217332
Yume Imada, Makoto Kato. (2016). Bryophyte-Feeders in a Basal Brachyceran Lineage (Diptera: Rhagionidae: Spaniinae): Adult Oviposition Behavior and Changes in the Larval Mouthpart Morphology Accompanied with the Diet Shifts. PLOS ONE, 11(11): e0165808.