米澤進吾 理学研究科助教、前野悦輝 同教授、シャーバズ・アンワー 日本学術振興会外国人特別研究員らの研究グループは、ルテニウム酸化物の特別な超伝導体と組み合わせることで、スピン(磁性を担う電子の性質)の揃った強磁性金属の中に超伝導ペアを作ることに成功しました。電子スピンに基づく情報を利用することは、「スピントロニクス」として磁気ヘッドや磁気メモリーなどに広く応用されていますが、今回の発見は、超伝導電子を使った「スーパー・スピントロニクス」の分野を切り拓く基礎となるものと期待できます。
本研究成果は2016年10月26日にNature Publishing Groupの発行するオンライン誌「Nature Communications」に掲載されました。
研究者からのコメント
アンワー博士のアイデアから、ソウル国立大のグループとの共同研究が始まり、超伝導体と薄膜磁石を組み合わせて、期待以上に電気をよく通す機能性素子ができました。そして、この素子の極低温での性質を調べたところ、超伝導電子ペアが磁石の中に深く浸みこむ新しい現象を見つけました。
この現象には超伝導電流とは別に超伝導のスピンの流れ、すなわち「超スピン流」を伴っていることが理論的に予想されていますので、それをどのように観測するのかも今後の課題です。トポロジカル超伝導を利用して超伝導スピンを制御できる素子ができると、量子コンピューティングへの実現へ向けた基礎概念の一つにもなると考えられます。
概要
電子には、電気を運ぶ「電荷」と磁性を担う「スピン」の性質があります。超伝導は、ある温度以下で電気抵抗が完全にゼロになってしまう現象で、超伝導物質内で電子2個ずつがペアを作ることで引き起こされます。超伝導の電子がエネルギーの損失なく電気を運ぶ際に、「スピン」の情報も運ぶことができると素晴らしいのですが、これまで知られているほとんどの超伝導体では、ペアを作ることで電子の「スピン」は打ち消されていました。
スピンの揃った電子ペアを強磁性体の中に作る新しい方法として、スピンの揃った電子ペアをもつ「スピン三重項超伝導」を使う方法が考えられます。この方法では電子ペアのスピンの組み替えは必要なく、磁石の中と同じ向きのスピンだけを濾しとればよいのです。そのため、素子の構造が単純になるだけでなく、効率もスピン情報の維持性も画期的に向上すると期待されます。ルテニウム酸化物超伝導体は、トポロジカル物質であるスピン三重項超伝導体の最有力候補の一つとして、現在世界的に活発な研究が進められています。
そこで本研究グループは、ルテニウム酸化物超伝導体Sr 2 RuO 4 と強磁性金属SrRuO 3 の接合素子で、超伝導ペアが強磁性体の中に十分深く浸みこむことを明らかにしました。磁場をかけて強磁性体のスピンの向きを揃えて磁性の乱れを排除しても強い近接効果が維持されることも確認しました。超伝導体と強磁性金属のこのような単純な構造の接合素子での長距離近接効果の観測は世界で初めてのことです。この成果は、ルテニウム酸化物超伝導体が従来の電子ペアと異なる「スピン三重項電子ペア」による超伝導であるという結論をさらに強固にするものでもあります。
詳しい研究内容について
書誌情報
【DOI】
http://dx.doi.org/10.1038/ncomms13220
【KURENAIアクセスURL】
http://hdl.handle.net/2433/217106
M.S. Anwar, S.R. Lee, R. Ishiguro, Y. Sugimoto, Y. Tano, S.J. Kang, Y.J. Shin, S. Yonezawa, D. Manske, H. Takayanagi, T.W. Noh & Y. Maeno. (2016). Direct penetration of spin-triplet superconductivity into a ferromagnet in Au/SrRuO3/Sr2RuO4 junctions. Nature Communications, 7: 13220
- 日刊工業新聞(10月27日 27面)に掲載されました。