人はなぜ「冷たい」を「痛い」と感じるのか ―活性酸素と痛みセンサーTRPA1がカギを握る―

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中川貴之 医学部附属病院准教授、金子周司 薬学研究科教授、三宅崇仁 同博士課程学生らの研究グループは、冷たいものに触れたときに感じる痛みに似た感覚が、痛みのセンサーであるTRPA1というタンパク質が活性酸素に対して敏感になることで引き起こされることを発見しました。

本研究成果は、2016年9月15日午後6時に「Nature Communications」に掲載されました。

研究者からのコメント

左から中川准教授、金子教授、三宅博士課程学生

ヒトがどのようにして「冷たさ」を「痛み」と捉えているか、実はこれまではっきりとは分かっていませんでした。私達は、抗がん剤オキサリプラチンが、冷たいものに触れると痛みに似たしびれを起こすという変わった副作用を起こすことをヒントに研究を行い、酸素濃度の低下などによりプロリン水酸化酵素の活性が低下した状態ではTRPA1が非常に敏感となり、冷たいものに触れた時に生じるごく少量の活性酸素にも反応することで、「冷たさ」を「痛み」へと変換していることを明らかにしました。本研究成果は、温度覚に関する研究をより一層推進するとともに、オキサリプラチンの副作用や冷え性の治療薬の開発に役立つのではないかと期待しています。

概要

私たちは環境に適応して生きてゆくために、体外の情報を「感覚」として私たちは認識していますが、そのひとつとして温かさや冷たさといった「温度覚」があります。温度覚のおかげで、私たちは春のぬくもりや冬の寒さを感じることができます。既に、熱い、ひんやりとするといった温度覚の分子メカニズムはかなり明らかにされつつあるのですが、氷水に手を入れ続けたときに感じる「冷たい!」という痛みにも似た感覚をどうして感じるかは未だにはっきりとは分かっていませんでした。

本研究グループは以前、抗がん剤のひとつであるオキサリプラチン が冷たい物に触れたりすると突然痛みにも似たしびれを起こすという変わった副作用を示すことに着目し、マウスでは、ワサビを含む様々な刺激性化学物質に対する痛みセンサーであるtransient receptor potential ankyrin 1(TRPA1)と呼ばれるタンパク質が関与することを突き止めていました。実はこのTRPA1は発見当初、17℃以下の冷刺激に反応し、「冷たく痛い」感覚を発生させるセンサーであると考えられていました。

しかし、その後の研究により、確かにマウスなどげっ歯類のTRPA1は冷刺激に反応するものの、ヒトのTRPA1は冷刺激には反応しないとする報告も出され、発見されてから十数年間、TRPA1が本当に「冷たく痛い」感覚を担っているかどうか、世界中の温度覚研究者の議論の的となっていました。

本研究グループは今回、オキサリプラチンの副作用が実際にがん治療中の患者で生じることを手掛かりにメカニズムをさらに詳細に解析しました。その結果、オキサリプラチンがプロリン水酸化酵素という酸素依存性の酵素活性を抑制し、正座後のしびれと同じような環境を作り出すことによりTRPA1が非常に敏感な状態となり、冷刺激によってわずかに発生する活性酸素と呼ばれる生体内の刺激物質がTRPA1を刺激することで、「冷たさ」を間接的に「痛み」に変換していることを明らかにしました。

TRPA1冷感受性獲得の分子機構

詳しい研究内容について

書誌情報

【DOI】
http://dx.doi.org/10.1038/ncomms12840

【KURENAIアクセスURL】
http://hdl.handle.net/2433/216607

Takahito Miyake, Saki Nakamura, Meng Zhao, Kanako So, Keisuke Inoue, Tomohiro Numata, Nobuaki Takahashi, Hisashi Shirakawa, Yasuo Mori, Takayuki Nakagawa & Shuji Kaneko. (2016). Cold sensitivity of TRPA1 is unveiled by the prolyl hydroxylation blockade-induced sensitization to ROS. Nature Communications, 7: 12840.

  • 朝日新聞(10月13日 19面)、京都新聞(9月16日 25面)および産経新聞(9月21日 23面)に掲載されました。