成人T細胞白血病リンパ腫における遺伝子異常の解明

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小川誠司 医学研究科教授、下田和哉 宮崎大学医学部教授、宮野悟 東京大学医科学研究所附属ヒトゲノム解析センター教授、柴田龍弘 国立がん研究センター研究所 がんゲノミクス研究分野長、松岡雅雄 ウイルス研究所教授、渡邉俊樹 東京大学大学院新領域創成科学研究科教授を中心とする研究チームは、約400例のATL症例の大規模な遺伝子解析を行い、ATLの遺伝子異常の全貌を解明することに成功しました。本研究では、全エクソン解析・全ゲノム解析・トランスクリプトーム解析などの次世代シーケンサーを用いた解析およびマイクロアレイを用いたコピー数異常やDNAメチル化の解析を組み合わせて、さまざまな遺伝子の異常を包括的に明らかにしました。この大規模なデータ解析は、東京大学医科学研究所附属ヒトゲノム解析センターと共同でスーパーコンピュータ「京」を利用することにより可能となりました。

本研究成果は、2015年10月6日付で国際科学誌「Nature Genetics」電子版にて公開されました。

研究者からのコメント

本研究の結果は、ATLの病気の仕組みの解明に大きな進展をもたらすのみならず、今後、本疾患を克服するための診断や治療への応用が期待されます。

概要

成人T細胞白血病・リンパ腫(adult T-cell leukemia lymphoma: ATL)は、日本を主要な流行地域の一つとするヒトT細胞白血病ウイルス1型(human T-cell leukemia virus type-1: HTLV-1)感染によって生じる極めて悪性度の高い血液がんの一つです。乳児期にHTLV-1ウイルスに感染したT細胞に、数十年間にわたってさまざまな遺伝子の変化が生ずることによってATLの発症に至ると考えられていますが、従来こうした遺伝子の変異については多くが不明のままでした。

今回、小川教授を中心とする研究チームは、約400例のATL症例の大規模な遺伝子解析を行い、ATLの遺伝子異常の全貌を解明することに成功しました。

今回の研究の主な成果は以下の点です。

  1. 最先端の遺伝子解析手法とスーパーコンピューティングを用いた統合的な解析によって、これまで同定されていなかった多数の新規の異常を含むATLの遺伝子異常の全体像の解明に成功しました。
  2. 今回同定された異常は、PLCG1、PRKCB、CARD11、VAV1、IRF4、FYN、CCR4、CCR7などの機能獲得型変異、CTLA4-CD28、ICOS-CD28などの融合遺伝子、CARD11、IKZF2、TP73などの遺伝子内欠失などからなります。これらの異常は、T細胞受容体シグナルの伝達をはじめとする、T細胞の分化・増殖などのT細胞の機能に深く関わる経路や、がん免疫からの回避に関わる経路に生じており、こうした異常によって正常なT細胞の機能が障害される結果、T細胞のがん化が生じてATLの発症に至ると考えられました。
  3. 特に、ホスホリパーゼCやプロテインキナーゼC、FYNキナーゼ、ケモカイン受容体など、同定された変異分子の多くが新規治療薬剤の開発に向けた有望な標的と考えられました。

本研究は、ATLについて行われた過去最大規模の遺伝子解析研究です。さまざまな手法を組み合わせることにより包括的にATLの遺伝子異常を明らかにすることに成功しました。

ATLにおける遺伝子異常の全体像(計370例の解析結果)

詳しい研究内容について

書誌情報

[DOI] http://dx.doi.org/10.1038/ng.3415

Keisuke Kataoka, Yasunobu Nagata, Akira Kitanaka, Yuichi Shiraishi, Teppei Shimamura, Jun-ichirou Yasunaga, Yasushi Totoki, Kenichi Chiba, Aiko Sato-Otsubo, Genta Nagae, Ryohei Ishii, Satsuki Muto, Shinichi Kotani, Yosaku Watatani, June Takeda, Masashi Sanada, Hiroko Tanaka, Hiromichi Suzuki, Yusuke Sato, Yusuke Shiozawa, Tetsuichi Yoshizato, Kenichi Yoshida, Hideki Makishima, Masako Iwanaga, Guangyong Ma, Kisato Nosaka, Masakatsu Hishizawa, Hidehiro Itonaga, Yoshitaka Imaizumi, Wataru Munakata, Hideaki Ogasawara, Toshitaka Sato, Ken Sasai, Kenzo Muramoto, Marina Penova, Takahisa Kawaguchi, Hiromi Nakamura, Natsuko Hama, Kotaro Shide, Yoko Kubuki, Tomonori Hidaka, Takuro Kameda, Tsuyoshi Nakamaki, Ken Ishiyama, Shuichi Miyawaki, Sung-Soo Yoon,Kensei Tobinai, Yasushi Miyazaki, Akifumi Takaori-Kondo, Fumihiko Matsuda, Kengo Takeuchi, Osamu Nureki, Hiroyuki Aburatani, Toshiki Watanabe, Tatsuhiro Shibata, Masao Matsuoka, Satoru Miyano, Kazuya Shimoda & Seishi Ogawa
"Integrated molecular analysis of adult T cell leukemia/lymphoma"
Nature Genetics, Published online 05 October 2015

  • 京都新聞(10月6日 29面)および日本経済新聞(10月9日夕刊 14面)に掲載されました。