遠藤慧 東京大学新領域創成科学研究科助教(元京都大学iPS細胞研究所(CiRA)研究員)、齊藤博英 CiRA教授らの研究グループはロン・ワイス マサチューセッツ工科大学教授との共同研究で、RNAを細胞に導入することで機能するさまざまな人工回路を開発しました。これらの人工回路を組み合わせることで、がん化した細胞や未分化細胞などを細胞内の状態に応じて除去しつつ、安全かつ精密にヒト細胞の運命を操作できることが期待されます。
この研究成果は2015年8月4日午前0時(日本時間)に「Nature Biotechnology」で公開されました。
研究者からのコメント
今回の研究で構築に成功した人工RNAを用いた回路は決められた期間のみ機能させることができ、ゲノムDNAを傷つけるリスクが低いという利点があります。さらに、人工mRNAやレプリコンの発現量や機能させる時間を変化させることで、より多層的な回路デザインが可能となります。
人工mRNAにより特定の細胞を識別して細胞死を起こす回路は、設計が簡単な上に、RNAが一時的に細胞内にとどまった後に分解され、ゲノムDNAを傷つけることないという安全性の面からも、将来の医療応用が期待されます。
本研究成果のポイント
- ゲノムDNAを傷つける恐れのないRNAをヒト細胞に導入することで、細胞の機能をさまざまに制御できる「人工回路」を構築することに成功
- 安全性が高く、すみやかに分解される人工RNAを用いた回路や、自己複製できるRNAによる長時間機能する回路を構築
- 2種類の人工RNAを培養中の細胞に加えることで、正常細胞には影響せず、がん細胞のみに細胞死を起こすことに成功
概要
これまで、DNAとDNAに結合するタンパク質(転写因子)を用いた人工回路は作成されてきましたが、DNAを導入することでゲノムDNAを傷つける可能 性があり、医療応用が難しいという課題がありました。そこで本研究グループは、安全性の高い人工RNAをヒト細胞に導入し、RNAとRNA結合タンパク質 を利用した、転写後の調節を基本とした人工回路の作成に取り組みました。その結果、細胞の状態を識別し、その状態に応じて細胞運命を制御できる回路、情報 を増幅できる多段階のシグナル伝達回路、遺伝子の発現をスイッチできる回路などの開発に成功しました。具体的には、人工RNAをシャーレ上で培養中の細胞 内に導入することで、がん細胞のみ細胞死に導くことに成功しました。
RNAを用いた人工回路のヒト細胞内での構築
RNAをヒト細胞に直接導入することで、細胞内で人工回路が形成される。この回路はDNAからの転写制御を基盤とする天然の回路(左)とは異なり、RNAとRNA結合タンパク質の相互作用による転写後制御を基盤とする(右)。RNAは遺伝子を傷つける可能性が低く安全性が高い上に、精密に細胞内の状態を検知し、その運命をコントロールできる。応用例としては、細胞内状態に応じたがん細胞の識別・除去、個々の細胞に応じたプログラミング、分化制御などが想定される。
詳しい研究内容について
書誌情報
[DOI] http://dx.doi.org/10.1038/nbt.3301
Liliana Wroblewska, Tasuku Kitada, Kei Endo, Velia Siciliano, Breanna Stillo,
Hirohide Saito & Ron Weiss "Mammalian synthetic circuits with
RNA binding proteins for RNA-only delivery" Nature Biotechnology,
Published online 03 August 2015
- 京都新聞(8月4日 25面)および毎日新聞(8月4日 4面)に掲載されました。