篠原隆司 医学研究科教授らの研究グループは、精子幹細胞の新しい自己複製メカニズムを発見しました。この研究成果は男性不妊の原因の理解やその治療法の開発に役立つとともに、遺伝病の発症機序の理解にも貢献すると期待されます。
本研究成果は、2015年2月12日正午(米国東部時間)発行の科学誌「Stem Cell Reports」に掲載されました。
研究者からのコメント
精子幹細胞の自己複製は精子形成に大きな影響を与えます。とくに幹細胞は精巣における割合が極めて低いことと特異的な分子マーカーが存在しないことから、幹細胞の存在や異常を検出するのは困難です。
今回の研究成果は、こうした場合でもごく少数の幹細胞が存在し、その増殖を刺激するような適当な環境を整えてやることで幹細胞を増幅させ精子形成を再開することができる可能性を示唆します。実験動物を用いて幹細胞の増殖要求性をより明確にすることで、ヒトの精子幹細胞の培養系の確立にもつながり、近い将来、男性不妊症の治療法の開発や遺伝病の発症機序の理解が進むことが期待できます。
概要
精子幹細胞は精細管の中で体細胞分裂を行っている精原細胞の一部分の細胞であり、生涯にわたり精子を作り続けます。これまで精子幹細胞の自己複製分裂は精巣の体細胞であるセルトリ細胞から分泌されるグリア細胞株由来神経栄養因子(Glial cell line-derived neurotrophic factor:GDNF)が担っていると考えられていました。
このことを踏まえ、本研究グループは2003年にマウスの精子幹細胞の長期培養法を確立し、試験管内で大量の精子幹細胞を得ることに成功しました。こうして得られた培養精子幹細胞(Germline Stem, GS細胞)を用いることで精子幹細胞の生化学・分子生物学的な解析や遺伝子改変動物の作成を行うことが可能になりました。
ところが、GDNF/Ret/Gfra1を欠損するマウスは腎臓形成の異常などにより生直後に死亡することから、その解析が難しい上に精子幹細胞の欠損が機能的に確認されていないという問題がありました。そこで全ての幹細胞がGDNFに依存していることを確認するため、GDNFの受容体であるRet遺伝子の変異マウスに注目して組織学的な解析を行った結果、GDNFに依存しない幹細胞が精巣内にあることが強く示唆されました。
続いて、実際にGDNF非依存性の細胞が自己複製能を持つ可能性を直接調べるために、GS細胞とは異なった形のコロニーを形成する細胞集団(FGF-dependent spermatogonia:F-SPG)と、GDNFを添加した場合にはGS細胞と非常によく似た形態のコロニーをもつ細胞集団(GDNF-dependent spermatogonia:G-SPG)を得ることができました。さらに自己複製分裂のメカニズムを調べるために細胞シグナル伝達分子であるMap2k1/2の抑制を行うと、G-SPG細胞はその増殖が抑制されるものの、F-SPG細胞は影響を受けないことから、両者は異なった細胞分裂様式を持つことが示唆されました。
図:GDNFシグナルが細胞に伝わらない遺伝子改変マウスの精巣。これまではGDNFシグナルに異常があると精子幹細胞は生存・増殖・精子形成ができないとされていた(丸印:生殖細胞がない精細管。精子幹細胞〜精子までのすべての生殖細胞がなく、セルトリ細胞だけが残っている)。しかしよく調べてみると、一部の精細管で精子幹細胞マーカーCDH1陽性の細胞が集団で生存していることを見い出した(星印:赤色は精子幹細胞のマーカーCDH1で染色された部分)。
詳しい研究内容について
書誌情報
[DOI] http://dx.doi.org/10.1016/j.stemcr.2015.01.010
[KURENAIアクセスURL] http://hdl.handle.net/2433/193679
Seiji Takashima, Mito Kanatsu-Shinohara, Takashi Tanaka, Hiroko Morimoto, Kimiko Inoue, Narumi Ogonuki, Mayumi Jijiwa, Masahide Takahashi, Atsuo Ogura, and Takashi Shinohara
"Functional Differences between GDNF-Dependent and FGF2-Dependent Mouse Spermatogonial Stem Cell Self-Renewal"
Stem Cell Reports Vol. 4 Available online 12 February 2015
掲載情報
- 京都新聞(2月13日 31面)、産経新聞(2月13日 30面)、日刊工業新聞(2月16日 21面)、日本経済新聞(2月13日 42面)、読売新聞(2月13日夕刊 3面)および科学新聞(3月13日 2面)に掲載されました。