チンパンジーに見られる同種間の殺しが適応戦略で説明がつくことを証明 -ヒト科における同種間の殺戮行動の進化の解明に期待-

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松沢哲郎 霊長類研究所教授、古市剛史 同教授、橋本千絵 同助教、中村美知夫 野生動物研究センター准教授、伊藤詞子 同研究員らとMichael L. Wilsonミネソタ大学准教授の研究グループは、チンパンジーに見られる同種間の殺しが、生息生息地の破壊や餌付けなどの人為的かく乱の結果として表れているものではなく、食物や配偶相手などの資源を得るための雄の適応戦略であることを証明しました。

本研究成果は、9月17日(英国時間)付けにて英国科学誌「Nature」に掲載されました。

研究者からのコメント

チンパンジーに見られる同種殺しが適応戦略として進化してきたものなのか、それとも生息地の破壊などの人為的影響によって現れるものなのかという論争が、長らく続いてきました。この研究は50年以上にわたって蓄積された観察例の分析によって後者の説を否定し、同種殺しが雄による配偶相手や資源をめぐる適応的行動として理解できることを示したものです。

しかし、チンパンジーと共通の祖先から進化したボノボでは、同種間の殺しは疑い例が1例あっただけでした。したがって、同種殺しというチンパンジーとヒトに共通する行動が共通祖先から受け継いだ行動特性なのか、それぞれ個別に進化させてきた行動特性なのかは、この研究だけでは結論づけることができません。ただ、この研究で従来の論争に結論を見たことで、ヒト科における同種殺し行動とその抑制のメカニズムの進化の研究が、今後さらに進むことが期待されます。

概要

チンパンジーでは、集団間、集団内の同種間の殺しや共食いがしばしば報告されてきました。ある研究者たちはこれをチンパンジーの雄の繁殖戦略の一つだと考え、ヒトとチンパンジーがともに共通祖先から受け継いでいる攻撃性の表れだとしてきました。しかし一方、これが生息地のかく乱や餌付けによる人為的影響の結果として表れる行動だとする研究者もおり、また、チンパンジーによる同種殺しとヒトに見られる戦争や殺人行為を安易に結びつけて考えることに対する批判もありました。

これらの仮説の検証を行うため、本研究グループは、50年間にわたって研究されたチンパンジー18集団およびボノボ4集団から得られた情報をまとめたところ、チンパンジーでは15集団で152件の殺し(観察例58件、推定例41件、疑い例53件)が認められた一方、ボノボでは疑い例が1件でした。多くの例では雄が加害個体(参加個体の92%)および被害個体(73%)であり、集団間の攻撃に関わる殺しが多く(66%)、加害個体数が被害個体数を大きく上回っている(中央値で8対1)こと、殺しの発生率の変異は人為的影響の指標とは無関係であることがわかりました。今回の結果は、チンパンジーの殺しについてこれまでに提唱されてきた適応論的説明に当てはまる一方、人為的影響によるとする仮説の裏付けにはなりませんでした。

隣の集団の声を聞きつけ、徒党を組んで戦い に向かうチンパンジーの雄たち

詳しい研究内容について

チンパンジーに見られる同種間の殺しが適応戦略で説明がつくことを証明 -ヒト科における同種間の殺戮行動の進化の解明に期待-

書誌情報

[DOI] http://dx.doi.org/10.1038/nature13727

Michael L.Wilson, Christophe Boesch, Barbara Fruth, Takeshi Furuichi, Ian C. Gilby, Chie Hashimoto, Catherine L. Hobaiter, Gottfried Hohmann, Noriko Itoh, Kathelijne Koops, Julia N. Lloyd, Tetsuro Matsuzawa, John C. Mitani, Deus C. Mjungu, David Morgan, Martin N. Muller, Roger Mundry, Michio Nakamura, Jill Pruetz, Anne E. Pusey, Julia Riedel, Crickette Sanz, Anne M. Schel, Nicole Simmons, MichelWaller, David P.Watts, Frances White, Roman M. Wittig, Klaus Zuberbühler,& Richard W. Wrangham
"Lethal aggression in Pan is better explained by adaptive strategies than human impacts"
Nature 513, PP. 414–417 (18 September 2014)

掲載情報

  • 京都新聞(9月20日 25面)、産経新聞(9月22日夕刊 10面)、中日新聞(9月20日 33面)および日本経済新聞(9月20日 42面)に掲載されました。