日時:2022年12月5日(月) 場所:京都大学 国際科学イノベーション棟 KUEP
特集 巻頭鼎談
上田輝久(右)
株式会社島津製作所 代表取締役会長
長尾 昂(中)
京都フュージョニアリング株式会社 代表取締役社長
室田浩司(左)
京都大学産官学連携本部長
上田●
私ども島津製作所は、京都大学に育てていただいた会社だと認識しています。現在の京大のルーツの一つである第三高等学校の村岡範為馳教授(のちに京都帝国大学教授)のご指導で、X線が発見された翌1896年にはX線写真の撮影に成功し、1897年に教育用X線装置の販売を始めました。これが島津の主要事業の一つである医療機器の原点となっています。
京大との共同研究で製品化した事例は多く、先日も包括連携契約を締結してグリーンイノベーションやヘルスケア分野での協働を発表しました。ありがとうございます。
室田● 島津さんは1875年創業、京大は1897年創立ですから、島津さんはずっと先輩(笑)。しかも、イノベーションを絶えず継続されていますね。
長尾●
京都フュージョニアリング株式会社は、京大の研究開発技術をベースに2019年に設立しました。核融合炉に関する装置の研究開発・設計・製造と、獲得した技術の世界への提供を通して、環境負荷の少ない核融合エネルギーの実現を目指しています。
私は工学研究科の出身ですが、技術者として私より優秀な同級生が多かった。私はそういう人たちを研究開発に巻き込む、技術経営の役割に回る方が社会貢献できそうだと思って、コンサルティング会社に就職しました。
その後、起業につながるシーズを探して京都iCAP(京都大学イノベーションキャピタル株式会社)主催の研究者と起業家とのマッチングイベントに参加することがあって、そこで京都フュージョニアリング株式会社の共同創業者となる小西哲之名誉教授と出会うことになりました。小西名誉教授は核融合の炉工学者です。日本で最初に核融合研究を主導したのが湯川秀樹博士で、そこから脈々と続く核融合技術が会社の技術の根幹です。
うえだ・てるひさ●1957年、山口県に生まれる。京都大学大学院工学研究科修士課程修了。1995年に京都大学博士号(農学)を取得。1982年に株式会社島津製作所に入社。分析計測事業部長、代表取締役社長を経て、2022年から現職。京都大学経営協議会の学外委員も務める。
京大生時代に所属していた研究室での懇親会。前列右から2番目が上田さん
高速液体クロマトグラフの新製品を薬学研究科の石濱泰教授との共同研究をもとに設計・開発。2022年の発表会見での一枚。ほかにも乳房専用PET装置の研究開発など、創業時から京都大学との共同でイノベーションを創出し続けている
室田● 核融合の注目度は今日こそ高いものの、当初は原子の核分裂と核融合との違いが浸透しておらず、理解を得るにも苦労する時代でしたね。
長尾● 当時は、室田さんや大学教員などとの面談で鍛えられました(笑)。教員からは技術に関する突っ込みが入るし、室田さんはチーム体制や社会状況など技術以外の点を勘案されていました。こうした複数の目を重視するバランス感覚が、京大の強みですね。
室田● 会社設立後もしばらくは資金調達に苦労されていましたが、大学からスタートアップした企業はどうしてもそうなることが多い。iPS細胞による臓器作製や斬新な手法での創薬開発、革新的な新素材など、多くの方が「革新的で興味深い」とおっしゃる技術ですが、いざ投資となると手を出しづらい……。
長尾● 一般的にそういう時期が5、6年は続きました。
室田●
私の思う京大の得意分野は、ライフサイエンスと新素材の開発、それにエネルギー。近年はSDGsが世界の動きですが、京大が得意とする分野の延長線上に生まれたスタートアップは、SDGsの課題にもぴったり重なります。ですから世間の賛同も増え、「死の谷」*2を乗り越えつつあるスタートアップ企業が次々に生まれています。京都フュージョリアニングもその一つです。長尾さんのお顔も、数年前はもっとシリアスでした(笑)。
そういう京大発のスタートアップへの投資には、島津さんにもご協力いただいています。
上田●
私が入社したのは、日本全体が同じ方向を向いて努力し、経済が大きく成長していた時代です。社会の課題もそれほど複雑ではなかったのですが、現代は課題が多様化し、島津が取り組むヘルスケアやグリーンイノベーションの領域でもたくさんの課題を抱えている。1社ではカバーできませんから、共同して馴染みの薄い領域を勉強させていただく。これが投資の大きな理由です。
そういう島津製作所の歴史を眺めても、うまくいかなかった実例はたくさんあります。だからといって、失敗ではない。結果は時代のニーズが決めることだからです。そもそも、失敗だと自分が思うことで、失敗と判定される。失敗は経験、ひとつの通過点だと捉えるのが正しい姿です。
長尾●
その言葉には励まされます。研究には資金が必要で、いろいろな補助事業に手を挙げます。しかし、核融合は意見の割れやすい分野で、最終的には反対意見の出にくい案件が選ばれやすい。そのもどかしさがあります。
一方で競争の激しい分野で、研究開発にはスピード感が必要です。「ダメだ」となっても挑戦しないことには戦えない。「失敗はある」と割り切ってはいますが、島津さんのような大企業から、「失敗からも得るものがある」と聞くことができて背中を押された気分です。
上田●
持続的な成長には、業績確保と並行して、獲得すべき技術の中長期的視点がなければいけませんね。島津の液体クロマトグラフ*3は、海外比率80パーセントのグローバル事業です。しかし、ここに至るまでには紆余曲折があって50年ほどかかりました。多くの産業で不純物や主成分の解析になくてはならない製品ですから、長い時間をかけて取り組んだのです。
長い目で要不要を見て、必要なら時間をかけてでも取り組まねばならない。核融合も多くの人が理解して、長い目で育てるべきものでしょう。京都の風土ならそれができると思います。
室田● 京大を海外に紹介するときの映像には、寺社仏閣の写真やiPS細胞、それに核融合の実験施設の写真などを使います。伝統と革新の組み合わせです。矛盾しているようですが、伝統産業もやはりイノベーションの結果で、時間をかけて、失敗もあったはずです。イノベーションなくしてトラディションはありえません。京大も京都のまちも、この矛盾した二つがうまく融合した結果でしょうね。
ながお・たか●1982年、石川県に生まれる。京都大学大学院工学研究科修士課程修了。コンサルティング会社、ベンチャー企業での経験を経て、2019年に京都フュージョニアリング株式会社を設立し、代表取締役社長に就任。ラボスケールの研究開発を起点に核融合事業を立ち上げ、戦略立案、資金調達、人材採用を推進。京都大学協力研究員も務める。
京都フュージョニアリングの主力製品のひとつである、加熱装置「ジャイロトロン」
左/世界初の核融合発電試験プラントのイメージ図。2024年の試験開始を目指し、建設を進めている
右/京都大学の卒業式の日に、時計台前で撮影
室田●
私は実は浅草の生まれです。祖父の代から浅草で、母の祖父も神田生まれの生粋の江戸っ子(笑)。関東の大学を卒業して投資運用会社などで勤めた後、京大に赴任しました。
産業界からアカデミアに足を踏み入れて驚いたのは、研究者のエネルギーとパワー。競争的研究費の公募にしても、企業でいう経営計画のような大量の書類が必要です。私の経験では半年はかかるような内容の濃い書類を、わずか数週間で仕上げる。
長尾●
研究者が事業を進めるには、マーケティングや経営方針の設定、人事など、これまで経験してこなかった業務が必須です。効率的に動くことでコストを下げるなど、研究とは違う感覚が必要になりますね。
その一方で、研究者の吸収力はすごい。新しい情報を紹介すると、すぐに仕組みを調べ、分析し、一定の答えを見つける。これまで研究に注いでいた力を、事業へと方向転換したときの屈伸力の高さには驚きます。
上田●
大学時代を振り返ると、学生、教員ともに、社会の課題がどこにあるのか、どう解決すべきかの難しさがあった。ニーズの所在も、研究がどう社会に役立つかも描けなかった。
ところが、近年の京大は変わってきました。産官学連携の取り組みの成果かもしれませんが、研究者は社会貢献に目を向け始めていますね。大学と企業の研究所とにあった距離も、最近は同じ研究者として近づいてきたように思いますが、どうですか。
室田● 教員の方のマインドの変化は私も感じます。一方で、基礎研究を重視し、エッジの効いた研究をするというマインドが醸成されています。その意味ではやはり、産業界と研究の社会還元のスタンスには距離があります。京大の距離は、他大学よりも大きいかもしれませんね。
長尾● その通りです。
室田● ですから、この両者をつなぐサイエンス・コミュニケーターの機能は重要です。京都iCAPは島津さんなどの企業からも、投資担当として出向していただいています。企業で研究されてきたサイエンスの知識がある方ですから京大のサイエンスを産業界向けに整理できる。この流れは強化したいですね。
むろた・こうじ●1961年、東京都に生まれる。学習院大学法学部卒業。2001年、MBA取得。メーカーと投資会社を経て、2013年に京都大学医学研究科特任教授(医学URA室長)、2016年に京都大学イノベーションキャピタル株式会社代表取締役社長を経て2020年から現職。京阪神スタートアップ アカデミア・コアリションプログラム代表者も務める。
国際科学イノベーション棟の1階に設置された京都大学ベンチャーインキュベーションセンター(KUViC)では、ベンチャー企業が本社機能を置ける場所を提供。大学内に設置することで、創業前後のベンチャー企業の経営チームと研究者とが密に協働できる
室田● 海外には、失敗もキャリアの一つとして捉える文化がありますね。所属が違うスタートアップの仲間との交流も活発で、事業を畳むと、別の企業からすぐに声がかかる。こうした交流と、成功の有無にかかわらず経験を尊重する空気は、日本にも必要ではないでしょうか。
長尾●
起業した後、大学に戻り、大企業に勤めてまた起業するなど、キャリアが多様な人が海外には多い。軸がぶれた結果ではなく、その人の問題意識やステップはずっとつながっています。
大学に育てられた企業が成功して、大学に寄附の形で利益を戻すサイクルも、日本より進んでいます。投資会社の規模も役割も大きくなり、リスクに対するノウハウも積み重なって、業界全体が強靭です。
上田● 日本企業の中心は、技術やマーケティングなどを担当する人たちですが、外国企業には事業を進める専門家がいます。コンサルティングや投資事業の経歴があるなどの多様な経験をした人たちですから、社会実装するときの方法を心得ていますね。日本でも他分野・他企業と連携して、大きな組織として動く取り組みは進んでいます。しかし、まだまだ弱い。多様な人材が、中長期的な視点で多様な課題を解決し、スタートアップ企業を育成する規模の大きなシステムが必要でしょうね。
室田●
これは大きな宿題をいただきました(笑)。
京阪神の大学や産業界、金融界、自治体など、50以上の機関が参画する「京阪神スタートアップ アカデミア・コアリション」(KSAC)が2021年から本格始動していて、私はその代表を務めています。1校だけで取り組むよりも、やはり相乗効果が生まれる手ごたえがあります。
京大には「アントレプレナーシップ教育」の講座がありますが、学生数の少ない大学では本格的な講座を開くのは難しい。そこで、このプラットフォームで、京大の講座に他大学から参加しても単位認定されるなどの制度で、交流を生み出せないものかと……。企業の方も、KSACを関西全域の大学のスタートアップに触れられる場所にしたいとの夢を描いています。
長尾● 素晴らしい取り組みですね。京大には、伝統を重んじながらも進んで新しい考え方を取り入れようとする気風を一貫して感じています。一定の評価を得たとしても、それに甘んずることなく変わろうとする。
上田● 自治体との連携も必要ですね。認知症にしても、症状の進行度や治療の過程ごとに多くのスタートアップがありますが、現状ではそれぞれがバラバラです。少子高齢化の進む日本では喫緊の課題ですから、大学と企業、自治体が関与してスタートアップを統合し、それぞれの役割を機能させる仕組みが重要です。人口減少の進む県ではそうした取り組みが活発ですから、京都も取り組むべきでしょうね。
室田● これもまた大きな宿題ですね(笑)。
長尾● 京大で学んだ私に身に付いたのが、本質をきちんと考える姿勢です。京大発スタートアップの人たちと話すと、「スタートアップは生き方であり、根底には世の中に善いことをしたい」という価値観の人が多い。これはスタートアップだからではなく、島津さんのような京大と共同で研究する大企業でも同じだと思います。お客さんはどんなことを考えていて、そういうものをつなぐ技術はどうあるべきかの本質を追求する姿勢。
上田● その根底にあるのは「自由の学風」。私も、思うように研究できた。先生の意見に学生が口を出しても咎められることもなかった(笑)。むしろ、尊重してもらって、ともに追究する雰囲気がありましたから。
長尾● 若手の起業家を集めた会などを通じて、京大生と交流する機会があります。すると、現在の学生は、社会にどんな貢献ができるのか、そのためにはどのように過ごすべきかを考えながら、学生時代を楽しんでいる印象です。コロナ禍で課外活動ができなくても、オンラインで他大学の学生や卒業生とつながる力強さもある。とことん突き詰める姿勢は、伝統として受け継がれていますね。
室田● 予想外のことが日常化する時代に、アントレプレナーシップは重要です。まさに京大初代総長の木下廣次が述べた「自重自敬」です。学生たちにはこの精神を心の中で焼き直しながら、海図のない時代を力強く楽しく生きてほしいと願います。
上田● そこで求められるのが人間力。人文科学分野との連携の提案を受けることがありますが、私たちは自然科学や技術の話は勉強していても、人文科学となると固まってしまう(笑)。だけど、これからは人文科学の先生方の「我が道をゆく」研究が、重要な役割を担う時代だと思うのです。東洋学などを通して日本のことを学び、海外に説明をしたり、哲学や心理学を通して、人と人とのコミュニケーションを考えていくべきなのではと。
室田●
人文科学の分野と産業界との交流や連携は、これまではあまり進んでいませんでしたが、産官学連携に興味を抱く若手・中堅教員が増えているのは事実です。その面からも、産業界の期待にどう応えられるのか、どのように連携していくべきか考える必要があります。
本日は、たくさんの宿題をいただきました。そうした宿題に京大が率先して取り組みながら、関西のみならず日本全体の産官学連携を引っ張っていければと思います。今日はありがとうございました。