2020年春号
施設探訪
花山天文台、飛騨天文台の2つの天文台を拠点に、宇宙物理学の分野をけん引する京都大学。2018年夏には、岡山県に新たな天文台が加わった。岡山県浅口市と矢掛町の境に位置する、標高372メートルの竹林寺山に設置された望遠鏡の口径は東アジア最大の3.8メートル。「新技術をつめこんだ設計はもちろん、ボルト締めなどの組み立て・調整までも京都大学の研究者が手がけた、いわば〈手づくり〉の望遠鏡です」。開発メンバーの一人である木野勝助教の案内で、新技術のつまった自慢の望遠鏡の可能性に迫ってみた。
木野 勝 助教 大学院理学研究科
きの・まさる◉1978年、名古屋市に生まれる。名古屋大学大学院理学研究科博士後期課程修了。同大学光赤外天文計測学寄付講座研究員、助教をへて、2013年に京都大学に赴任。2017年から現職。
科学技術の進歩した今も、まだまだ多くの謎に満ちている宇宙空間。なかでも注目されるのは、「宇宙最大の爆発現象」といわれるガンマ線バーストだ。ブラックホールができるときに起こる現象だと考えられるこの爆発は、ブラックホールの謎に迫る鍵でもある。東アジア地区には、これまで口径2.5メートルを超える光学赤外線望遠鏡がなく、この地域の夜空の観測は空白地帯。突発的な爆発現象を詳しく観測できなかった。
木野●京都大学と国立天文台とが協同し、東アジア最大、かつ世界初の技術を使った実験的な望遠鏡を作る計画が1999年に始まりました。次世代の望遠鏡構築にも活用すべく、すでに確立した技術の組み合わせではなく、新技術を開発することも計画の大きな目標でした。
太陽などの恒星の表面ではフレアという爆発現象が起こる。太陽のフレアは地球の磁気圏に影響し、地上の電波通信の切断や、大規模な停電を招く可能性がある。
スーパーフレアの放出するエネルギーは一般的なフレアの10倍〜1万倍で、太陽に似た恒星での発生が確認されている。来たるべき太陽のスーパーフレアに対処するためにも、その仕組みの解明は人類の課題だ。
「宇宙最大の爆発」ともいわれるガンマ線バースト。発生直後、1分以内の観測実績は、まだ成功例がない。ブラックホールをはじめ、宇宙の謎を明らかにする鍵が隠されている。
この20年間で、何千もの恒星の周りを惑星が回っている証拠が見つかっている。この望遠鏡の技術を生命体の存在する惑星の発見につなげたい。
「せいめい」の名前の由来
1,036通の応募から選ばれた「せいめい」は、平安時代の陰陽師・安倍晴明にちなむ。晴明は岡山でも天体観測をしたと伝えられており、晴明神社のある京都と岡山の両方にゆかりがある。この望遠鏡がめざす、系外惑星の探査による宇宙の「生命」研究にも由来。
注目点
1
望遠鏡を見てまず驚くのが、分子模型のような形状でつながるフレーム構造。
木野●軽量化すれば、目的の方向に機体をすばやく回転でき、夜空のどこかで突発的に発生した現象にすぐにアプローチできます。上空のどの領域にも、従来の望遠鏡の5分の1の時間、およそ1分で焦点を合わせられます。
構造は、生物の進化の過程を模倣して解決策を探る「遺伝的アルゴリズム」の方法論を駆使して導きだした。
木野●いくつかのモデルを評価しながら、生物の交配や突然変異のごとく、つなぎ合わせる先や、パイプの数・太さ・長短をいろいろと変えて、この形にたどり着きました。
注目点
2
天体から発生する光を集める鏡は望遠鏡の要。大きければ大きいほど、天体の微弱な光を集められるが、一枚鏡は製作できる大きさに限界がある。せいめい望遠鏡は、日本の望遠鏡ではじめて、分割鏡方式を採用。約1メートル、重さ70キログラムの鏡18枚を集めることで、光学望遠鏡としては東アジア最大サイズの口径3.8メートルを実現した。
木野●分割式の鏡を使った望遠鏡の成功例は、世界でも数例。花弁型(扇型)での配置は世界初の試みです。
鏡の形状の誤差は、1ミリメートルの100万分の1、100ナノメートル以下であることが求められる。木野助教は、従来の方法では測定できない誤差を測る、新しい測定器を開発し、この難題を克服した。
外気にさらされる環境で使われる望遠鏡は、風や温度変化の影響で位置のずれが生じる。リアルタイムで段差と傾きを感知し、自動で調整する技術も、木野助教たちみずからで開発。
木野●鏡同士の段差をつねに0.1マイクロメートル以下に保つ自信作です。0.1マイクロメートルは、インフルエンザ・ウィルス約1個分! 制御システムは1秒間に200回位置のずれを読み取り、補正の指令を出します。気温が変わると起こる鉄フレームの熱膨張では200マイクロメートルほどのずれが生じますが、それも即座に測定器で検知し、0.1マイクロメートルの精度で、鏡の位置を保ちつづけます。
注目点
3
職人がガラス材を研磨する通常の製作方法では、1メートルの鏡を1枚作るのに約1年かかる。18枚作るには、18年もかかってしまう。
木野●専門技術を持つ企業と協力し、超高精度で研削できる装置を開発しました。仕上げは手作業での研磨が必須ですが、コンピュータ制御の修正研磨で仕上げることで、1枚を約3週間で製作できます。
開発から携わった研究者が基本構造から望遠鏡を理解しているので、不具合やトラブルにもすぐに対応可能。たいていの修理は研究者たちで解決する。
木野●使用者からのフィードバックや、技術の進歩、研究の発展などに応じて、改良できるのも研究者の手づくりだからこそ。
雨天・曇天時や、メンテナンスの時期をのぞき、毎夜、ドームの天井を開放。利用は事前審査制。京都大学の教員・学生にかぎらず、各地の研究者も訪れ、公募で採択された期間、アジア最大の望遠鏡を独占し、天体を観測する。かつては望遠鏡のそばで寒空に凍えながら観測していたが、今では建物1階の制御室から、遠隔操作で望遠鏡の向きを変更し、観測結果を確認できる。
木野●将来的には、星の爆発情報を受信したコンピュータが即座に望遠鏡の向きを変える、全自動での観測も視野に入れています。
気温の変化は鏡の歪みに影響するので、観測時はドーム内と外気とは同じ気温であることが必須。ドームを開放する前に、冬季でも外気温に合わせて冷房で部屋を冷やすことも。
木野●天文学の歴史は、望遠鏡開発の歴史でもあります。見えていない天体は、新しい装置を作らないと見えません。私の好奇心のルーツは1986年、小学1年生の頃に地球に接近したハレー彗星。親にせがんで望遠鏡を買ってもらったのに、知識不足で彗星を見られず、その悔しさをバネに勉強したのがはじまり。(笑)新しい機材はなかなか買ってもらえませんから、自前のものをどうグレードアップするのかを考え続けたことが、今につながっています。
晴天日が多い岡山県は、日本で最も天体観測に適した場所として知られる。天体観測の施設も県内に点在。ドーム棟3階の外周回廊からは、天気がよければ7つもの天文台を望める。外周回廊は開館日なら誰でも見学でき、回廊の窓から「せいめい望遠鏡」の姿を覗くことができる。
木野●このあたりは、空気のゆらぎが少ないのです。目には見えませんが、実は空気中ではつねに陽炎のような現象が起こっています。望遠鏡の拡大率では、ほんの小さなゆらぎでさえも影響して星の像を歪めてしまうのです。
ドーム3階の外周に設置された回廊から、窓越しに「せいめい望遠鏡」を見学できます。
※観測のため、夜間(17:00〜翌8:00)は天文台周辺に一般の方の立ち入りはできません。
>> 岡山天文台HP