2016年春号
研究室でねほりはほり
土山 明先生
大学院理学研究科 地球惑星科学専攻 鉱物学講座 教授
※土山の土の正式表記は右上に`
2010年6月13日、小惑星探査機「はやぶさ」が七年の任務を終えて地球に帰還。関係者のみならず、日本中の人びとに大きな関心と興奮をもってむかえいれられた。はやぶさの任務は、小惑星「イトカワ」の表面物質を地球に持ち帰ること。微粒子分析プロジェクトが発足した2005年、土山明教授は持ち帰った物質を最初に分析するチームの一員に選ばれた。「ほんまに帰ってくるのか半信半疑ながらも、この手で物質に触れたいと名乗りをあげました」。はやぶさが持ち帰った約2,000粒の微粒子から、土山教授は太陽系の起源の謎に迫った
「単純計算で一粒一億円」。そう言いながらニカッと笑う土山教授。はやぶさが地球に持ち帰った物質のうち、分析可能な大きさのおよそ300粒の粒子一粒あたりの値段だ。「貴重なサンプルなので、むやみに実験でむだにしてから『こうしておけば……』では示しがつきません。10年ちかく、もくもくと分析の準備にとりくみました」。「できる」と確信がえられるまで、予行演習やイメージトレーニングをくり返し、サンプルをむかえる万全の態勢を整えた。あとは、はやぶさがぶじに帰還することを祈るのみ。
とはいえ、消息不明、エンジンの不調、サンプル採取の失敗と、はやぶさの動向にやきもきする日々がつづいた。「地球に突入するときは、オーストラリアまでお迎えに行きましたよ。打ち上げの日からサンプルの入ったコンテナを開ける日まで、『ほんまにだいじょうぶやろか』と手に汗にぎる瞬間がつづきました」。
10年ちかく真空空間を漂った機体は、汚れの一つもない、地球を飛びたったころのまま。ピカピカのコンテナには、着陸・離脱のさいに回収されたイトカワの微粒子がしっかりと収められていた。「これだけあればかなりのことができる」。練習ではなく、実物のサンプルをつかった分析がはじまる。「なんども練習したはずが、いざほんものをあつかうと手が震える。貴重なものをまえにしても動じない根性が実験にだいじだったとは(笑)」。
初期分析チームには重要なミッションが一つ課せられていた。幾多の研究者が導いてきた「隕石は小惑星からやってきた」という推定を証明すること。推測をささえるのは、対象にさまざまな波長の光をあてたさいの反射率を表した「反射スペクトル」だ。「隕石と小惑星のスペクトルはだいたい同じ。隕石は小惑星からやってきたはずなのです」。条件はそろっているものの、結論づけるには実物の調査が不可欠だった。
さらに研究者たちを悩ませる不明点が一つ。「隕石とイトカワのスペクトルは微妙に違うんです」。その要因に考えられるのが、月面研究で証明された「宇宙風化」だ。大気も水も存在しない宇宙では、地球上とは異なる過程で風化が起こり、表面が変化するのだ。ゴソゴソと研究室の棚を探る土山教授。手には、銀色の粒が入った灰色の板が握られている。「これはイトカワと反射スペクトルがもっとも似ている〈普通コンドライト〉という種類の隕石です。はやぶさの持ち帰った粒子が、宇宙風化を受けた普通コンドライトかどうかをあきらかにすることが、ぼくたちのミッションでした」。
土山教授は、粒子をX線マイクロCTにかけて三次元構造をコンピュータ上に再現させることで、小さなサンプルの分析をすすめた。その結果、持ち帰ったサンプルが普通コンドライトであること、イトカワの表面で宇宙風化が起こっていることが確認された。
「予想どおりでした。大気のないイトカワの表面に直接に太陽風があたり、表面の約数十ナノメートルの薄い層に宇宙風化が起こる。それが小惑星のスペクトルを変えていたのです」。宇宙研究に邁進する科学者に自信を与える大きな成果だった。「でも、あまりにも予想どおりでおもしろくない(笑)。想定からはずれた意外な結果をおもしろがる思うサイエンティストの自分がいました」。
しかし、実物のサンプルを見てわかった予想外の姿が土山教授の心を躍らせた。「これは3Dプリンターでつくった1000倍の拡大率の模型です。矢じりのような形をしていますよね(写真1)。イトカワに隕石が衝突した衝撃で、表面の粒子が欠けるからです」。欠けた粒子が多くを占めるなか、土山教授を驚かせたのは表面の丸い粒子(写真2)。「溶けずに丸くなるには、こすれあって摩耗で削るしかない。大気がなく静かなはずの小惑星に丸いものがあるのは驚きました」。土山教授は、隕石が衝突して引き起こされる地震が原因だと推測する。「地面が揺れて、細かい表面の砂がゆすられるうちに丸くなる。小惑星の表面は静かなだけではなかったのです」。
土山教授と分析チームがあきらかにしたおもな成果は二つ。一つは小惑星イトカワの構成物質がわかり、隕石の起源についてのこれまでの推定が正しいと証明したこと。もう一つは、考えられていたよりも小惑星の表面は躍動的だということ。「この結果が生活にどう役だつのかと聞かれると、答えにつまるのが本音です(笑)。ただ、隕石は地球の原材料物質ですから、その一部がわかった。それから、小惑星が宇宙空間でどう変化して、いまに至るのかがだんだんとみえてきた。長い長い太陽系の歴史のなかの謎が一つ、解けてきたのです」。
「子どものころは宇宙にそれほど興味がなかった」と笑う土山教授。少年期に夢中になったのは鉱物だった。「小学四年生の夏休みの自由研究で、箱根の大涌谷の石を集めたのです。大涌谷は噴気しているから硫黄がある。硫黄や火山岩を名前もわからないまま持って帰ると、先生が名前を教えてくれたんです。それから趣味は鉱物採集」。そのまま鉱物学の道にすすみ、師匠の導きもあり、大学院から隕石研究を始めた。「発端は箱根の石です。箱根の石がイトカワの石に化けた(笑)」。
土山教授の興味の原点は、箱根で石を集めた少年期から変わらない。「石のなにに惹かれるんでしょう。同じ鉱物でも形や組織の構造、それぞれに個性がある。それを見ていると、『おまえかわいいね。なんでこうなったんやろうね』って、石につまった時間やドラマを知りたいと思うんです。それは隕石でも同じです」。
イトカワのサンプルをはじめて見たときの興奮を土山教授はふり返る。「『これがイトカワから日本に帰ってきたんや』という想像力。それがいちばんだいじだと思うんです。はやぶさがサンプル採取をしたのは、太陽をはさんだ地球の向こうがわにイトカワがいたとき。この粒がそこから旅をして、地球に帰ってきた事実に思いをはせると……。そりゃあ手も震えますよね(笑)」。
図中のマルをクリックすると、解説に移動します。
ドア一面に貼られたはやぶさや宇宙塵のポスターが研究室の目印。左上には、若かりし土山先生の参加した学会のパノラマ写真が
3Dプリンターで作成したサンプル模型や隕石の断片などの資料を保存
「趣味は読書。ふだんはミステリーや歴史ものも読みますが、研究室では研究に追われて読む時間がない……」。地球科学の書籍や論文、資料が分野ごとにならぶ
ペグソリティアという、盤上の駒を一定のルールにしたがって取りのぞくパズルゲーム。「石が好きだから」と、奥さまから結婚前にプレゼントされたという
阪急河原町駅から京大まで自転車で通勤。「サドルやミッション、タイヤも替えて、フレームだけが20年前のまま。愛着がわいてなかなか捨てられない(笑)」
大文字山が目の前にみえる絶景スポット。ざんねんながら、送り火当日は近隣に配慮して、理学部1号館は立ち入り禁止
「木ですからすごく重たい。変えるつもりはありません」。本来は、本棚などもすべて同じ木でそろえられていたという。「古い家具は京大総合博物館にひきとってもらいました」
「3次元のデータはとても容量が大きい。いくらあっても足りません」。一台あたり20テラバイトから50テラバイトの大容量サーバを常備