京都大学の新輝点

加藤 直人

12 新しい体験が広がる仮想世界で引きこもりを加速しろ!世界を変えるメタバース起業家(クラスター株式会社 代表取締役CEO 加藤 直人)12 新しい体験が広がる仮想世界で引きこもりを加速しろ!世界を変えるメタバース起業家(クラスター株式会社 代表取締役CEO 加藤 直人)

 京都大学理学部で宇宙や量子力学を研究したのちに、3年間の引きこもりを経てメタバース企業を設立した加藤直人さん。物理学者とエンジニアという二つの才能に揺れながらも、切り拓いたのは仮想世界の最先端。「引きこもりを加速する」というキャッチコピーのもとめざす世界とは? 世界を変える起業家の頭の中に迫ります。

加藤 直人 Naoto Kato

1988年生まれ。大阪市出身。大阪府立天王寺高等学校理数科を経て京都大学理学部に進学。宇宙論と量子コンピュータの研究に取り組み2011年3月卒業。京都大学大学院を中退後、約3年間のひきこもり生活を過ごす。2015年にクラスター株式会社を起業。2017年に大規模バーチャルイベントを開催することのできるVRプラットフォーム「cluster」を公開。経済誌『Forbes JAPAN』の「世界を変える30歳未満30人の日本人」に選出されている。著書に『メタバース さよならアトムの時代』(集英社/2022年)。

研究者の道を順風に歩みながらも
大学院を中退。エンジニアの道へ

 3年生からはサークル運営から離れ、勉強に力を入れるようになりました。いよいよ宇宙理論の研究に着手しようと考えたのです。しかし友人に量子物性理論の研究室にうまいこと誘われまして、宇宙理論と量子物性理論、両方の研究室を掛け持ちするようになりました。量子では物性物理の理論からきている量子コンピュータを研究。当時、トポロジカル絶縁体という金属、絶縁体、半導体、超伝導体に並ぶ新たな存在が発見され、それを使った量子コンピュータが実現できるのではないかという内容です。また宇宙の方ではビックバンから加速度的に広がっている宇宙の成長プロセスを研究テーマにしました。どちらもスーパーコンピュータを用いて特定の物理現象を数値モデルに置き換えるという手法で研究を進め、卒論を2本仕上げて大学院に進みました。

 しかし、修士1年になったとき、ピュアにアカデミックに物理を極めることに疑問を感じるようになりました。理論物理の世界は果てしないものです。宇宙の原理を解き明かしたかったけれど、当時はこのジャンルの研究が全体的に冷え込んでおり、僕自身も院では量子物性理論をテーマにしていました。このままアカデミアの世界にいて意味があるのかと自問自答し、教授と相談してひとまず休学することにしました。そこから下宿での引きこもり生活が始まり、結局は大学院を中退することにしました。僕にはサイエンスとエンジニアリングの両属性があるのですが、結局エンジニアリングの属性が強かったのですね。中退した2011年はLINEがリリースされた年で、スマートフォンのアプリ市場が熱い時期。僕も刺激を受けて、下宿にこもってSNSでの交流やアプリ開発に熱中するようになりました。

 引きこもっていたとはいえ、無職ではありません。京都でWEB制作の会社を起業した先輩からアプリ開発を依頼されるようになり、それがいい収入となったんですね。気がつけば周りは就職していたんですが、アプリ開発を仕事にして世の中と繋がればいいかとおおらかに構えていました。22歳からの3年間はコンビニに買い物に行く以外ほとんど外出しなかったんじゃないかな。理学部の優秀な後輩と下宿先が近かったこともあり、二人でスマホアプリやゲームなどをつくって遊んでいました。その彼と25歳の時に起業したのがクラスターです。

加藤 直人

クラスター社を起ち上げて間もないときの加藤さん

体験が届く感動に震え、
メタバースでの起業を決意

 起業のきっかけは、ベンチャーキャピタルに投資を持ちかけられたことです。当時僕と後輩はアプリ開発を仕事にするとともに、ゲームエンジンを用いた開発のマニアックなブログをたくさん書いていました。それがベンチャーキャピタルの目に留まり、2014年頃にSNSからメッセージをいただいたのです。最初は警戒したのですが、会社設立は漠然と考えていたので、東京でお会いすることに。そこからスタートアップをサポートいただくようになり、2015年7月に起業しました。

 メタバースで起業することは2014年3月に決めていました。メタ社、当時のフェイスブック社がVR企業のオキュラスを買収したのを聞き、VRの開発キットを取り寄せたのがきっかけです。届いたVRゴーグルを被ってみたら、真っ青な空間に机があるだけだったのですが、それにとても感動しました。引きこもっていた当時の僕は、狭い下宿に居ながらも、パソコンのディスプレイを通してインターネットの広い世界とつながることで、精神的には豊かに過ごしていると自負していました。文字や写真という情報のやり取りでも、想像力で補えばリアルで人に会うのとそう変わらない、と。今から考えると少し拗らせていたんですね。でもVRの世界には「体験」がありました。それまでのインターネットでは情報や物は届くけれど、体験は届かなかった。それができるようになるんだという感動に震えたのです。

日本発、世界初の挑戦を
メタバース「cluster」始動

 起業後は「引きこもりながら体験を届けよう」というコンセプトで、ゲームや会議システムを中心にさまざまなプロダクトを生み出していきました。バーチャル上でのイベントやライブも当初から計画していたのですが、2015年頃はまだ世の中が僕たちのやりたいことに追いついていなかったのですね。仕方なく、制作したVRゲームをイベント会場で大人数に体験してもらうなどということに取り組んでいました。ですがそれがとても大変で。「引きこもりたいのに、何でこんなしんどいことをやってるねん!バーチャル上で完結するものをつくろう。それがVRの価値やろう!」と一念発起して開発したのが、メタバースプラットフォーム「cluster」です。

加藤 直人

メタバースプラットフォーム「cluster」を使ったバーチャルイベント風景

 2016年にclusterのプロトタイプを立ち上げたのが注目を集め、さまざまなバーチャルイベントを手掛けるようになりました。追い風が吹き始めたのは、バーチャルYouTuberが一気に登場し出した2018年です。clusterでも8月に世界初となるVRライブを開催。狙い通りVRでのイベント開催はうちの主力事業となっていきました。バーチャル空間のプラットフォームを持ち、イベントの企画、運営までをオールインワンで提供できるのは世界的にみてもまだ当社だけ。これはクラスターの大きなアドバンテージとなっています。

 今後はclusterの世界展開をめざしたいですね。メタバースの世界はゲームの世界に近いため、アニメやゲームといったコンテンツ産業が強い日本と親和性が高いと考えています。そのポテンシャルを活用し、日本をメタバース大国にしていきたい。モバイルインターネットはGAFAの独壇場でしたが、メタバースではその勢力図も変わっていくと考えています。

京都大学時代に育まれた
今の自分へとつながる思想

 振り返ってみると京都大学での4年間は、自分の思想が形成された時代でした。高校時代までは理念や哲学が、物事を成し遂げる上で必要なものだとは考えもしませんでした。そうではないことに気づかせてくれたのが京都大学です。京都大学は「自由」をアイデンティティに掲げていますが、自由なだけでは物事は進みません。自由の中にも、私が所属していた学生委員会のような規律や構造がしっかりとした組織があり、何かを成し遂げたいという想いを持つ人々が集ってくる。そんな環境があることによって、クリエイティブで面白いことが生み出されるのだと教えてもらいました。

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