アマチュアリズムが
次の面白いものをつくり出す
2019.12.19 THU
テレビの一時代を築いた「ダウンタウンのごっつええ感じ」「笑う犬シリーズ」から、社会現象にもなっている「チコちゃんに叱られる!」まで、数々のヒット番組を世に送り出し続けるテレビプロデューサー、小松純也さん。西宮市で過ごした幼いころから、劇団「そとばこまち」にのめり込んだ京都大学時代、さらにフジテレビ時代から現在へとその足跡をたどりながら、その豊かな発想の源泉、考え方やこだわりを思う存分語っていただきました。
1967年生まれ。京都大学文学部在学中に劇団「そとばこまち」に在籍し、俳優、脚本、演出をこなしつつ、在阪のラジオ・テレビ局で放送作家を始める。卒業後、フジテレビジョンに入社、数多くの人気番組を手がける。2015年に共同テレビに出向し、NHK、TBS、Amazonプライム・ビデオなどの番組を企画制作。2019年3月にフジテレビを退社、株式会社スチールヘッドを設立。現在は人気番組「チコちゃんに叱られる!」のプロデューサーをはじめ、舞台脚本、演出など多方面で活躍する。
テレビ局の現場で知った
他の人の色に塗りつぶされる意味
フジテレビに就職した当初、私はドラマ部門を志望しようと考えていました。でも、ドラマ制作は分業が進んでおり、中身から見せ方まで、全部自分で考えることが得意だった私には違和感がありました。一方で、バラエティは、ディレクターが自分で台本を書いて自分で撮ることが多いと聞き、そちらに希望を出しました。
当時、フジテレビは、全日、プライム、ゴールデンという3つの時間帯の平均視聴率でトップを取る、いわゆる三冠を取り続けていました。私は、今も師匠と仰ぐ先輩ディレクターのもと、「夢で逢えたら」と「笑っていいとも!」を担当するADになりました。当時のテレビの世界は徒弟制度的なところがありました。下働きは辛かったのですが、それを徹底的にやらされることで、ものを作る現場で人がどう動き、どんな気持ちでいるかを肌で理解することができました。職人気質の人たちも含め、いろいろな人たちとどう信頼関係を築くかも学ぶことができました。
自分が思っている面白いこととは違っても、ディレクターに従ってつくらなければならないのも苦痛でした。テレビの世界で4、5年やってきて、正直、番組づくりのスキルはあると思っている自分を、完全に否定されるという状況でしたから。しかし、割と早い時期に、他の人の色に塗りつぶされる大切さに気づきました。自分にない引き出しをたくさん得て、自分の個性をはっきりと認識して、もう一度、自分をしっかりつくっていくことができたんです。今この世界で生き延びていられるのは、この経験があったからだと思います。
「面白いでしょ」だけではない
楽しんでもらう番組づくり
フジテレビで私は「ダウンタウンのごっつええ感じ」など、人気コント番組の制作に多く携わりました。しかし、90年代の終わりになるとテレビは大きく変わります。自分たちが面白いと思うものをつくることから、視聴者の求めているものは何かを考えてつくる方向へシフトしていったのです。たとえば、逐一テロップを入れたり笑いの音声を入れたり、とことん視聴者にわかりやすくする手法なんていうのも、その一つです。フジテレビは、この変化についていけず、三冠を取れなくなっていきました。
負け続けの状況を何とかしろと大号令がかかり、若い人たちと企画を一緒に考える中で生まれたのが、「トリビアの泉」です。お茶の間で視聴者が「へぇ」「へぇ」と言いながら観て楽しい感じになる、そんな状況を想定してつくり、大きな反響を呼びました。私はこの時、視聴者へのサービスとは何かを、ようやく自分なりにつかむことができました。番組の中身だけでなく、どのような新鮮な視聴体験を届けられるのかが大切であり、それが、テレビを楽しんでいただくことにつながるのだと思い至りました。今、私がプロデューサーを務めているNHK総合の「チコちゃんに叱られる!」にも、このときの経験が生かされています。「チコちゃん」では、知っていてもおかしくないことを急に聞かれてハッとし、叱られるという視聴体験をしてもらう。子どもも大人も世代をまたいで視聴体験が共有できていることが、好評をいただいている理由だと思います。
人気番組「チコちゃんに叱られる!」には、「トリビアの泉」での経験が活かされている
ネット配信、テレビ、舞台
それぞれのダイナミズムを生かす
3年前にアマゾンやネットフリックスがインターネットで映像配信を始めるというタイミングで、松本人志さんと「ドキュメンタル」というお笑いドキュメンタリー番組をつくりました。芸人さんが自腹で100万円を持ち寄ってバトルし優勝者が賞金を総取りするという生々しさ、字幕スーパーやナレーションもない笑いの格闘技のようなスタイリッシュな演出。有料配信である意味を考え、テレビでは味わえないプレミア感のある視聴体験を意識しました。
また今年からは、動画配信のプラットフォーム事業に関わり、遊びと学びをコンセプトにした教育コンテンツの制作を始めています。これはタッチパネルの使用を前提にした、これまでにない試みです。パネルを操作することで、視聴者は、次の映像に進んだり、途中で止めたり、わからなかったら戻したり、といったことができるようになり、映像でありながらインタラクティブな体験ができるようになります。他にもAR(拡張現実)やMR(複合現実)などの技術を使った仕掛けも考えています。
芝居では、又吉直樹くんの『火花』を、小説から脚本を起こし、演出もしました。私の舞台演出は自分のイメージした通りのことを役者さんに演じてもらうというスタイルなのですが、『火花』では初めて、役者さんの意見を全面的に取り入れました。これまでお客さんより役者が先に泣いてどうするんだという流儀でしたが、主役の役者さんが泣きたいというので泣ける方法を一緒に考えたりもしました。実際の舞台では、役者が泣いているのを見て、お客さんがわっと泣いてくれたんです。今まで自分がつくれなかったものをつくれた、という感慨がありましたね。
映像配信であれ舞台であれ、もちろん地上波テレビでも、そのダイナミズムを生かしたものづくりをしていきたいと思っています。そのためにも、プロになってはいけないと思っています。初めてやる部分をつくって、そこに素人として向き合う。そうでなければ、他のプロがつくったものと同じようになってしまうと思うのです。自分に常にアマチュアリズムを課すのは疲れるのですが、筋トレだと思ってやっています。第一、やったことのないことをやっていないと、年寄りになってしまうでしょ(笑)。
「学びたいものを学べ」
その自由さが京大のエネルギーを生む
京都大学の素晴らしさは、同調圧力のない、互いを尊重する自由さだと思います。他の学校の卒業生には、母校愛が強く、集まっては○○大学の人間はこうでなければならないとか熱心に話をする人を見かけます。ちょっとうらやましい気持ちもなくもないのですが、京都大学にはまったくそういうところがない(笑)。教育をされるのでなく、学びたいものを学びなさい、自分で決めなさいという感じ。それは、先生方が学生を尊重してくださっているからだし、そんな大学は日本ではあまりないと思います。私はそのカラーに、卒業生としてプライドを持っています。自由だからこそ、生産的なエネルギーが生まれる、ということがあると思うし、京大はそんなエネルギーを生み出し続ける場所であって欲しいと期待しています。
小松純也さんが学んだ京都大学文学部では、人文・社会科学分野の学問の発展のために寄付を募っています。ぜひともご支援を賜りますようお願い申し上げます。