わたしの京大力

No.019
田畑 阿美

脳腫瘍の患者さんが抱える
生きづらさに寄り添い、
支えられる社会を実現したい。

医学研究科 講師 田畑 阿美

Profile

2012年京都大学卒業、2014年京都大学大学院修士課程修了。2018年3月 京都大学大学院医学研究科博士後期課程 研究指導認定退学。2018年7月 京都大学博士(人間健康科学)取得。京都大学医学部附属病院 リハビリテーション部 作業療法士などを経て、2019年より現職。脳腫瘍を中心としたがん患者のリハビリテーションを研究しながら、社会復帰に向けた支援体制の構築をめざし、ピアサポートなど支援の場の環境整備にも取り組んでいる。京都大学創立125周年記念ファンド「くすのき・125」の2021年度採択者。採択テーマは「『脳腫瘍になった。だけど未来がある』を支えたい」。

困りごとを抱える脳腫瘍の患者さんを、研究者として支えたい。

 私は作業療法士として小児・成人の脳腫瘍の患者さんのリハビリテーションに携わりながら、社会生活機能や社会への適応行動についての研究を行っています。

 脳腫瘍は、腫瘍を手術などで取り除いた後も脳機能に障がいが残ることが多く、それらが患者さんの日常生活や社会、あるいは職場や学校へ復帰する際の妨げになっています。健常な方と変わらないように見える患者さんでも、高次脳機能障害など周囲からは見えづらい脳機能の障がいが残り、これまでできていたことがうまくいかないという困りごとを抱えておられる場合があります。こうしたケースは周囲からは障がいだと理解されづらいため、職場や学校で孤立を深めてしまうことにもつながるのです。

 私の研究では、患者さんとそのご家族に接しながら、認知機能、記憶機能、注意機能などの高次脳機能や、患者さんがお子さんならば協調運動などを含めた幅広い神経心理学的検査を行っています。さらに、日常生活での困りごとや普段の様子をアンケートやインタビューでお聞きし、最後は患者さんそれぞれに検査結果の報告書を作成して、ご本人とご家族に日常生活で気をつけるべきポイントをフィードバックします。このようにケースごとの評価を一つひとつ積み重ねて、患者さんの特性によってどんな困りごとがあるのか、それをどのようにケアしていけばいいのかという知見をまとめ、最終的には社会全体に共有していきたいと考えています。

 実は、私自身も子どもの頃に脳腫瘍を経験しています。最初の腫瘍は3歳のときに見つかり、京都大学医学部附属病院で治療していただきました。幸い命は取り留めたものの、その時に左目すべてと右目の半分の視野を失いました。その後、13歳で再発して、再び治療を受けることになりました。辛かったのは病気だけではなく、小学校でも中学校でも周囲の無理解からいじめを経験したことでした。同じように苦しみを抱えている子どもたちに対して何かできることはないかと考えて選んだのが、京都大学に進学して、医学部附属病院で作業療法士として患者さんを支える道でした。

 京都大学医学部附属病院は、多くの患者さんに信頼される『がん拠点病院』です。作業療法士としてその信頼に応えることを使命として患者さんお一人お一人に接してきました。そんななかで附属病院の優れた研究環境や発信力を知り、もっと多くの人の力になれるのではないかと考えて、現在の研究に取り組み始めました。私自身の経験を患者さんに還元するだけではなく、広く社会に向けて発信していくことが今の目標です。

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脳腫瘍の治療開始前の小児の患者さんに、今後の支援の方針を決めるための初期評価を行う田畑先生。

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患者さんの検査を行う家族・発達支援研究室。患者さん同士が支え合うピアサポートの拠点としても活用する予定なのだそう。

誰もが理解と支援を得られる社会に向けて。

 もともと脳腫瘍は長く生きること自体が困難な疾患だったため、これまで医療現場では生命予後改善のための医学的な治療に重点が置かれてきました。命が助かったあと、社会生活での困難をいかにケアするかについて考えられ始めたのはここ最近のことです。とくに、日本では海外と比べてケアの視点が遅れています。以前は、病院で困りごとを相談しても、『命は助かったんだから』と、なかなか親身に対応してもらえないことも少なくありませんでした。今でも、脳腫瘍に伴う障がいの実態はあまり知られておらず、医療現場でも理解が進んでいないのが現状です。

 生命予後が改善されつつある今こそ、社会として2つのビジョンが必要だと私は考えています。1つは、脳腫瘍についての正しい知識をすべての人に持っていただき、子どもから大人まで、ライフステージに応じた支援が必要であるという共通認識を社会に根付かせること。もう1つは、医療と地域社会が連携し、長期的な支援体制が構築された社会を実現することです。私は医療人として、教育者として、そして当事者として、生涯をかけてこれらのビジョンの実現に向けて取り組みたいと考えています。

 医療人としては、医療現場における連携システムの構築をめざします。作業療法士が治療前から治療後まで継続して患者さんを支援できる体制を実現させるとともに、退院後も全国どこでも、生涯にわたって必要な支援を提供できるように働きかけていきます。

 教育者としては、医療専門職の方や地域社会、そしてご本人やご家族に対して、脳腫瘍の正しい知識や情報の発信に取り組みます。

 最後に当事者として、当事者同士の支え合いの場である「ピアサポート」に関わり、気軽に悩みを打ち明けられる場を構築するとともに、生の声を地域社会や医療現場に届ける役割も担っていきたいと考えています。

 まだまだ先は長いですが、少しずつでも社会が変われば、患者さんが抱える困りごとは減らしていくことができます。患者さんごとに異なる特性を周囲が理解して、合理的配慮を受けられる環境であれば、でこぼこのある患者さんも他の人たちと一緒に社会生活を送っていくことができるのだということをぜひ知っていただきたいです。

わたしの京大力MY KYODAI-RYOKU

受け取った医療のバトンを次の社会へつなぐ、生涯をかけた決意。

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